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【インタビュー】山口蛍、2度目のW杯は「中心」に…4年間で導き出した答えとは

2018.06.01

 “あいつ”が入ってきたらヤバい――。そう思った時点で、負けていたのかもしれない。ブラジル・ワールドカップのグループリーグ初戦で、“あいつ”は一瞬にして、ボールにさえ触れずに、会場の空気を変えてしまった。そして、日本はコートジボワールに逆転負けを喫した。

 その瞬間を、山口蛍はピッチの上で味わった。「途中から出てきて、流れを一気に変えてしまった。彼には『入ってきたらヤバい』と思わせるような、オーラや雰囲気がありました」。相手のエース、ディディエ・ドログバの登場によって、山口は平常心を失ってしまった。彼だけではない。異様な雰囲気に、日本は完全にのまれた。

「W杯に限らず、サッカーはメンタルで左右される。いかに平常心を保って、いつもどおりの気持ちで臨めるかが大事になる」

 ごく当たり前に思える事実を、そこまで痛感させられたことはなかった。もちろん、自身初のW杯であれば、緊張がピークに達していてもおかしくはない。だが、「平常心を保つ」とは、緊張を解くことだけではない。コートジボワール戦では、ドログバへの恐怖心に打ち勝つ必要があったはずだ。

山口蛍

初戦を落とした日本。山口は試合後に下を向いてしまった [写真]=Getty Images

 どんな状況下でも、いつものメンタルを保つ方法はないのか。それが山口のテーマになった。試合へのアプローチを変えたこともある。試合開始から大きな声を出し、ギアをトップに入れて飛ばしていく。残念ながらそのやり方はしっくりこなかった。「一度もいい方向に向いたことがない」と山口は苦笑いする。

「気合いを入れて試合に臨むと良くないことが分かりました。何度か試してみたんですけど、あまり自分に合っていない。マイペースに淡々とやることが、自分のスタンスに合っていると強く感じました。気合いを入れることで意識してしまって、力みにつながる。だから本当は(セレッソ大阪での)キャプテンも向いていないのかもしれません。味方を鼓舞するような熱いキャプテンを意識していたけど、気合いを入れすぎると自分のプレーに影響することが分かりました」

 山口が憧れるのは、バイエルンのアルトゥーロ・ビダルだ。特に「気持ちを前面に出して戦うスタイル」に羨望の眼差しを向ける。

「ビダルは結構汚いファウルもしているし、ガッツリ削りに行っている。僕もああやってガッツリ行きたいという気持ちがあります。見ている人も『気持ちが入っている』と思うでしょうしね。僕はインターセプトを狙うことが多いし、もちろんそれも大事だけど、本当はガツガツ取りに行きたい」

山口蛍

 そんなセリフから浮かび上がるのは、冷静に思考回路を働かせながら、クールに振る舞うMFの姿だ。それは山口の本来の良さであり、なかば意識的に実践していることでもある。では、時に「絶対に止めてやる」という気持ちの込もったプレーが飛び出すのはどうしてだろう。

「自然と体が動くんですよ。中途半端なプレーが一番良くないし、自分のリズムをつかむためにもやり切ることを意識しています。ガッと行って、相手にかわされた時は、『何で、今の取れなかったんだ』という怒りが自分に向いてくるんです。そういう気持ちが自分の調子を上げていく気がします」

 そう言いながらも、やはり声のトーンはいつもと変わらない。中盤で攻撃と守備のバランスを取るように、山口は自分の中にある冷静と興奮をコントロールしながらプレーしているのかもしれない。

■チームに「いるだけ」から「中心」に

 4年前はブラジルの地に「いるだけ」だった。「あの時は予選も戦っていないし、最後に滑り込んだような感じだった。試合には出ましたけど、若かったし、周りに頼りながらやっていました。あまり充実感はなく、あっという間に終わった」。山口は2013年7月の東アジアカップで日本を初優勝に導き、大会MVPを獲得。この大会でアピールに成功した柿谷曜一朗や森重真人らとともにブラジル大会に挑んだ。しかし、自分がチームの力になっているという実感は薄かった。

「前回はほとんど何も考えていなかったというか……。周りにハセさん(長谷部誠)、ヤットさん(遠藤保仁)がいて、そういう人に頼ってばかりだった」

 グループリーグ敗退が決まったコロンビア戦の翌日には、同世代の清武弘嗣や酒井宏樹、酒井高徳たちと練習場でボール回しをしながら「俺たちが代表を引っ張っていく」と心に決めた。しかし実は、「漠然としたものしかなかった」と振り返る。当時の彼は、4年後のロシア大会をはっきりと思い描けていたわけではなかった。

山口蛍

 それから4年。今はチームの中心選手だという自負がある。「自分よりも年齢が下の選手がたくさん入ってきて、プレッシャーを感じることも多くなった。4年前はミスをしても、どこかで先輩に助けてもらえるという気持ちがあったと思う。今はミスをしたら自分のせい。今のほうが、考えることが多いので難しい部分もあります」。

 山口は「いてくれて良かった」と思われる存在でありたいと言う。その気持ちは日本代表でも、セレッソ大阪でもブレることはない。

「どちらかというと、サッカーは攻撃面が評価されるじゃないですか。守備的な選手は守備ができて当たり前だから攻撃を何とかしろ、という見られ方をすることがある。でも、守備の選手はまず守備でいいと思うんです。そこを評価されないもどかしさはあります。でも、それを分かってくれる選手がいて、自分のプレーをありがたいと思ってくれる選手がいる。そんな選手がいてくれるだけでいい」

 胸の内に抱えるもどかしさをロシアの舞台でぶつけたいと言わないところが、また山口らしい。「とりあえず、自分は自分のできることをやるしかない。逆に何かを示そうという気持ちで入ると、絶対に良くない方向に進む気がする」。

 そう、山口が4年をかけて出した平常心を保つための答え、それは「いつもどおりにやるしかない」ということだった。冷静にプレーする姿は、ブラジル大会のそれと何も変わっていないように見えるかもしれない。しかし、胸の奥底には熱き闘志が隠れている。ロシアの地に立つ山口蛍は、ハメス・ロドリゲスやロベルト・レヴァンドフスキなど各国のエースを前にしても、恐怖心に打ち勝つだけの強さを手に入れたはずだ。

インタビュー・文=高尾太恵子/写真=ナイキジャパン
取材協力=ナイキジャパン

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