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【コラム】サウジ戦のカギを握る“ダブル酒井”のアクション…ハリルジャパンの両翼が見せたチャレンジと成長とは

2016.11.12

フル出場を果たした酒井宏樹(左)と高徳(右) [写真]=Getty Images

 ピッチに立ち続けているからこそ、もっともっと成長したいという貪欲な思いが芽生えてくる。酒井高徳(ハンブルガーSV)と酒井宏樹(マルセイユ)の両サイドバックは、ともに明確なテーマを設定してオマーン戦に臨んでいた。

 長友佑都(インテル)の体調が万全だったならば、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督はセリエAにおける出場時間の少なさを補う意味でも左サイドバックに30歳のベテランを起用したかったはず。だが、前日練習にも姿を見せなかった長友の回復は叶わず。この試合でも2018 FIFAワールドカップ ロシア アジア最終予選の全4戦を含めて6試合連続で先発メンバーに高徳が名を連ねた。そして彼はこれまでの450分間で図らずも感じていた“窮屈”な思いを一掃するヒントをオマーン戦に求めた。

「ここ最近、代表戦で左だけでなく右のサイドバックでもプレーしている時に思ったのは、最初から高い位置を取りすぎていること。(目の前のスペースが)空いているし、相手を押し込む上でも必要なポジション取りかなとは思うけど、あまり(次のプレーに対する)変化がないという意味では、もらった時に窮屈感じゃないですけど、選択肢の少なさをすごく感じていたので」

 結果としてタッチライン際でパスを受けても、ボールをセンターバックに下げるシーンが多くなる。思い描くプレーができないだけでなく、10月6日のイラク戦ではセットプレーの守備で自身がマークするべき相手選手との距離を空けてしまった挙げ句、その選手に同点ゴールを決められている。後半アディショナルタイムに決まったMF山口蛍(セレッソ大阪)の劇的な決勝ゴールに助けられたが、高徳は「僕は何をしているんだろう」とピッチ上で自問自答していたと打ち明けてもいる。

「所属チームではある程度、自信を持ってレギュラーと言い張れるけれど、代表チームではまだ(長友)佑都くんの代わりに出ているというか、スタメンだと胸を張れるような存在ではないと捉えている」

 今回のオマーン戦で高徳がトライしたのは、左ウイングに入って縦関係を構築した齋藤学とのコンビネーションだ。所属する横浜F・マリノスで左のタッチライン際からドリブルでカットインしていくプレーを得意とする齋藤が、オマーン戦では内側に位置するシーンが目立った。その意図を高徳がこう説明する。

「今日はセンターバックからパスを受ける時に、わりと低目の位置でもらって(齋藤)学につける。あるいは学が下がってきたら横のパスをつけて自分が(タッチライン際を)上がるとか、縦だけでなく横のギャップを作ることを含めていろいろと試してみた。学の場合、マリノスではもっとサイドに開いたところからのドリブルだと思いますけど、監督の指示ではちょっと中でのプレーや、裏を狙うような動きを代表チームでは求められるので。その意味では学といい連携が取れたというか、久々にボールを回したという感触がありますね」

 累積警告で出場停止だったオーストラリア代表とのアジア最終予選第4戦を、宏樹は日本から戻ったフランスでテレビ観戦した。画面の向こう側では自分の代わりに右サイドバックに回った高徳、本職ではない左サイドバックに入った槙野智章(浦和レッズ)を含めた最終ラインが、ディシプリンを徹底しながら懸命に戦っている。

「難しい相手に対してブロックを敷いて、理想的な戦いができていた。守備陣はすごく安定していて、うまく守れてもいたし、攻撃陣も少ないチャンスをものにして、すごくリアリティのある戦い方をしたんじゃないかと」

 宏樹はテレビ画面越しにハリルジャパンにエールを送りながら、自身が代表チームで何に取り組むべきなのかと考えを巡らせた。そこで行き着いた答えの一つが、右ウイングを主戦場とする多い本田圭佑(ACミラン)との意思の疎通をさらに濃密にすることだった。

「すべての試合で話し合いをしてきましたけど、こういう親善試合だからこそモチベーションを下げてしまうようなことは絶対にしたくなかった。基本的に(本田)圭佑くんは外から中へ行く動きが多いですけど、外に張ってもらうことも含めて、両方の動きを試すつもりで試合に入りました。こういう機会だからこそまめに、特に前半は圭佑くんとはよくしゃべりましたね。次のサウジアラビア戦へ向けて、守備だけでなく攻撃を含めたすべてで」

 オマーン戦でFW大迫勇也(ケルン)が2ゴール目を決めた42分のシーン。右サイドで細かいパスをつなぎ、MF清武弘嗣(セビージャ)の横パスを山口がワンタッチで左へ流す。ボールの行き先、ペナルティエリアの右隅あたりにポジションを取っていたのは本田であり、右タッチライン際をフリーで駆け上がり、相手のマークと集中力を分散させたのは宏樹だった。果たして、本田から清武を介して託されたパスを受けた大迫が、巧みなターンから鮮やかにネットを揺らしている。

 オマーン戦は図らずも左右の両ウイングが内側に陣取り、左右の両サイドバックがその前方のスペースで仕事をする機会が増えた。それが直接“結果”に結びつくことはなかったが、サイドバックの存在感を高めることがチームの成長をも加速させるという意味で、価値あるチャレンジだったと高徳は振り返る。

「微妙なところでちょっとパスがずれるとか、自分でも(状況が)見えていたにも関わらず、無理に通さなくてもいいところをわざわざ通してボールを取られたシーンもあったので、その点はちょっと修正しないと。ただ、ミスを恐れてチャレンジしないほうがチームとしては好ましくない。そこはチャレンジしながら向上させていければ」

 中学校入学と同時に柏レイソルの育成組織に入り、トップチームに昇格して3年目の2011シーズンからサイドバックに転向。潜在能力を一気に解き放ち、ブンデスリーガのハノーファーを経て、フランスの名門マルセイユのレギュラーを射止めた宏樹は、サイドバックとしての原点を見つめ直している。

「サイドバックのアクションは、前の選手ありきなので。その意味では圭佑くんが要求するものや考えを、もっと共有していかないと。今日も僕がもうちょっとコントロールして、もっと前でプレーさせてあげたかった。相手のサイドの選手が結構意図しないところで上がってきて、僕は僕で相手のサイドハーフをマークしていた中で、下げたくないところで圭佑くんを下げさせてしまったところもあったので」

 南アフリカ、ブラジルという過去2度のアジア最終予選において、サイドバックには左の長友、右の内田篤人(シャルケ)が絶対的な存在として君臨していた。しかし長友と内田が実力で先輩たちから奪い取ってきたポジションは、力をつけてきた後輩たちに遅かれ早かれ取って替わられる宿命にある。実際、ブラジル大会以降の内田はケガの連鎖に悩まされ続け、長友も30歳になった今年9月を前後して、無類のタフネスさを誇った以前とは対照的な故障禍に直面している。“ダブル酒井”に託される期待と要求が大きくなるのは当然のことだ。

 ともに2012年のロンドン・オリンピックに出場した高徳と宏樹。この二人はオマーン戦でスポットライトを浴びた清武や大迫、すでに確固たるポジションを確立しつつあるFW原口元気(ヘルタ・ベルリン)ら同年代の中心選手として、ハリルジャパンの世代交代を勝ち取り、チームを活性化させていく上で主役を担わなければいけない立場にある。高徳も代表チームでの成長に関する思いを改めて口にする。

「以前の自分は代表チームにおいて積極性がなかった。とりあえずミスをしないでおこう、みんなのリズムを壊さないようにしよう、という感じで試合に入っていたことが多かったけど、今は自分が何かしてやろうと考えているし、思い切った選択の下でプレーのメリハリがしっかりとついてきたかなと。成長の過程に失敗は付き物だと思っているし、必ず何かしらの形で貢献できるという絵をしっかりと描きながら進んでいきたい」

 高徳が胸を張りながら継続を誓えば、宏樹はオマーン戦から中3日で迎えるグループB首位のサウジアラビア戦へ早くも思考回路をシンクロさせる。

「結果が出ているチームなので、弱点を見つけ出すことは難しいと思いますけど、映像を何本も見ても、実際に試合で戦うと違うもの。試合に臨んでみて、相手の出方を瞬時に判断して、修正していくしかないんじゃない。セットプレーの部分では、サウジアラビアは本当に強いと思うので」

 ここまで3勝1分けと無敗のサウジアラビアに対して、日本は勝ち点3差の3位。勝てば2位のオーストラリア代表を巻き込んだ大混戦のまま後半の5試合へ突入し、もし負ければUAE(アラブ首長国連邦)にも抜かれて4位に転落する恐れすらある。まさに天国と地獄を分け隔てかねない大一番。これまで何度も試行錯誤を繰り返しながら少しずつ成長を続けてきた日本の新たな両翼は、その羽を大きく、そして雄々しく広げる瞬間を思い描いている。

文=藤江直人

By 藤江直人

スポーツ報道を主戦場とするノンフィクションライター。

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