イラン代表主将のテイムリアン
日本代表がシリア代表と戦っていた8日のオマーン・マスカットで、日本の13日の次戦の相手・イラン代表もオマーン代表と2018年ロシア・ワールドカップ アジア2次予選を戦っていた。後者の試合が組まれていたから、日本はメインのスルタン・カブース・スポーツコンプレックスではなく、郊外のシーブ・スタジアムを使うことになったのである。
シリアを3-0で下した日本代表は、試合終了約7時間後の9日1時55分発の直行便で迅速かつスムーズに移動。早朝にはテヘランに到着していた。が、イラン代表は、翌朝10時45分発のエミレーツ航空を利用。ドバイで約4時間のトランジットを経て、夕方18時前に母国へ戻るという実にのんびりした旅程だった。
しかも、選手の座席は全てエコノミー。若手選手に確認してみると「予選だろうが、フレンドリーマッチだろうが関係なく、いつもエコノミーが普通だよ」と言う。ビジネスクラスが当たり前になっている日本代表がどれほど恵まれているかを改めて痛感させられた。
空港での行動もイランの選手たちはごくごく自然体。一応、揃いのポロシャツとジャージを身にまとってはいるが、堅苦しさは一切なし。一般客と混ざって普通の座席に座り、楽しそうに談笑している。英語があまりうまくなくても、彼らは一生懸命コミュニケーションを取ろうとする。
右サイドバックの控えだという25歳のラミン・レザイアン(ペルセポリス)などは「日本のクラブはお金がいいの?」と興味津々な様子で尋ねてきたほどだ。搭乗直前まで特別待合室にいるか、代表チーム関係者だけで固まっていて、近寄りがたい雰囲気を醸し出している日本代表とは、やはり差が見て取れた。
イラン選手たちのこうしたフレンドリーさは「ジョホールバルの歓喜」の頃から変わっていないようだ。97年11月16日の98年フランス・ワールドカップ アジア第3代表決定戦という大一番に向け、彼らは日本メディア関係者が多数宿泊しているホテルに滞在していた。前日練習で負傷したコダダド・アジジが車いすに乗って現れるという伝説のサプライズも起きたが、選手たちは基本的に気さくで、日本のメディアだろうが、ファンだろうが関係なく、サインや写真撮影に応じていた。イラン代表の明るさは時代を超えて今に引き継がれ、彼らの大きな武器になっているのだろう。
機内では、たまたまイラン代表キャプテンのアンドラニク・テイムリアンと隣になった。かつて2006から2010年にかけてボルトンやフルアムでプレーした32歳のベテランMFは、イングランド仕込みの流ちょうな英語でこう切り出した。
「日本と前回対戦したのは、10年前の横浜(2005年8月のドイツ・ワールドカップ最終予選)。アリ・ダエイがゴールを決めた試合だった(日本が2-1で勝利)。その前にはテヘランのアザディでやって、(ヴァヒド)ハシェミアンが2点を取って僕らが勝っているね。日本との最も印象的な試合は97年11月。ジョホールバルでイランは2-3で負けたけど、凄まじい試合だったよ」と彼は感慨深そうに語っていた。
彼ら80年代前半生まれの世代で、今のイラン代表に残っているのは、マスード・ショジャエイ(アル・ガラファ)やホスロ・ヘイダリ(エステグラル)ら数人だけ。「今のイランは若くて才能ある選手たちが次々と台頭している。昨日はオマーンに1-1で引き分けたけど、得失点差で上回っているから1位通過は問題ないと思う。我々はすごく可能性のあるチームなんだ」とテイムリアンは目を輝かせた。
実際、95年生まれのFWサルダル・アズムンや96年生まれのMFサイード・エザトラヒ(ともにロストク=ロシア)などは新世代の象徴のようだ。「日本はすごく強いから次の試合は勝てるかどうか分からない」とアズムンは謙遜していたが、ひとたびピッチに立てばタフさと勇敢さを遺憾なく発揮するのだろう。今回のイラン代表は彼らを含めて90年代生まれが12人。25歳以下がチームの半数を占めている。かつて名古屋グランパスを率いたことのあるカルロス・ケイロス監督も年齢的なバランスを考えながらチーム作りを進めているのだろう。
日本はイランほど世代交代が順調に進んでいない。その話題をテイムリアンに振ると「日本は昨日のシリア戦もベストメンバーで戦ったのかい? 本田(圭佑=ミラン)や香川(真司=ドルトムント)も出ていたの? 若い選手があまり出てこないというけど、何かハッキリした理由があるのかな?」と逆質問されてしまった。今回ハリルホジッチ体制初招集の南野拓実(ザルツブルク)の存在も残念ながら知らなかった。敵のリーダーがこんな反応だったからこそ、日本としては南野や宇佐美貴史(ガンバ大阪)、武藤嘉紀(マインツ)ら92~95年生まれの若い世代がサプライズを見せてほしいものだ。
イラン選手の素顔を垣間見るチャンスを得たことで、13日のゲームがより一層楽しみになってきた。
文=元川悦子
By 元川悦子