サッカーゲームキングジャック6月号
2016.03.18

佐々木監督と歩んだ“宝物の11年”を経て…新生なでしこが直面する課題とは

佐々木則夫
退任会見に臨んだ佐々木監督 [写真]=内藤悠史
サッカーキング編集部

「攻守にアクションをするクオリティーを高めていこうとしている中で、さらに個々の質を上げた中で戦術的に融合していかなければならない」

 次代へバトンを渡すにあたり、指揮官は「個々の質」という課題を何度も口にした。「これからが大変だから、あまりプレッシャーをかけないで」と冗談めかした口調には、今後の女子サッカー界に待ち受ける道のりの険しさが示唆されていた。11年もの間、なでしこジャパンを支えてきた指揮官からのメッセージとエール――。18日、佐々木則夫監督が退任会見に臨んだ。

 なでしこジャパン(日本女子代表)を2008年から率いてきた佐々木監督。コーチ時代や年代別代表での指揮を含めると、実に11年間もの長きに渡って日本女子サッカー界の発展に寄与してきた。指揮官は柔和な表情で会見場へと姿を見せ、「充実した11年間を経験できた。僕の大きな宝物になった」と、思いを語り始めた。

 佐々木監督と女子サッカーとの出会いは2006年。年代別代表の監督となでしこジャパンのコーチに就任し、2008年にA代表の指揮官に昇格した後も、2010年まではU-19、U-20代表の監督と兼任する日々を送った。「365日、休みはなかったですね」と笑う指揮官は「若い世代への移行というところで、理想的な環境を与えてもらった。実際によく機能したと思う。その環境を与えてもらったことに感謝している」と、当時を回想している。

 佐々木監督は就任1年目の2008年、指揮初陣のEAFF 女子東アジアカップ 東アジア女子サッカー選手権を制し、北京オリンピックでも当時史上初のベスト4進出を成し遂げた。そして2011年、ワールドカップ・ドイツ大会で初優勝。世界の強豪と肩を並べるどころか、その頂上からの景色を初めて見ることができた。日本サッカー協会(JFA)の大仁邦彌会長は「“なでしこスタイル”を世界で戦えるものにした。逆に言うと、(なでしこジャパンのやり方を)世界が真似しているところもある。女子サッカーを佐々木監督が変えた」と、功績を称えている。各選手の豊富な運動量と連動をベースに、組織力で個に対抗する――。大柄な選手を揃える欧米の各国代表をパスサッカーで連破していくなでしこたちの姿は、世界に大いなるインパクトを与えた。

 佐々木監督は就任当初、「女子にはクオリティーの高さがあるので、『ボールを持っていない時の連動性を高めていくことで良くなっていくんじゃないか』」という感想を持ったという。1996年から1998年まで監督を務めていたNTT関東(現大宮アルディージャ)では、「『フィジカルが高いレベルではなかったが、その中でどうやっていくか』を考えていた。なでしこの指揮を執った時にもそう感じて、みんなで取り組んできた」と、“個々のフィジカル差を組織で埋める”機軸で世界一にまで登り詰めた。FW大儀見優季は「自分たちがやってきたのは、周りより多く走って、味方のサポートをして数的優位を作ること。相手の2倍、走らないと勝てなかった。自分たちは弱いから、能力的に劣るから」と話している。

 そうして、なでしこジャパンはいつしか、“結果を残すことが当然”と思われるほどの立ち位置に身を置くこととなった。世界各国から目標とされ、“追われる”立場になった。そんな中でも、2012年にはロンドン・オリンピックで銀メダルを獲得し、2014年にはAFC女子アジアカップで優勝、アジア大会で準優勝。以前と変わらず、栄光の時間は続いた。2015年のワールドカップ・カナダ大会でも準優勝を果たし、当然ながら今年のリオデジャネイロ・オリンピックでの活躍にも期待がかかった。

 だが、佐々木監督は昨年の時点ですでに“限界”を感じていたという。「(ワールドカップ)カナダ大会は『厳しいだろう』と思っていた。それでも何とか、1-0で勝てていた」。この大会、なでしこジャパンは準決勝までの6試合を全て1点差で制してきた。だが、ギリギリの戦いをモノにする底力を見せた一方、決勝のアメリカ戦では開始16分で4失点を喫して2-5と大敗。紙一重の勝負に持ち込むことができずに敗れ去った一戦が、上に記した指揮官の“予感”を象徴していたのかもしれない。

「世界各国のクオリティー、戦術も技術も上がってきていた。以前は攻守にアバウトだったが(今は戦術が)非常に密になってきている」

 このままでは、世界に追い越される――。レベルアップを遂げたライバルたちの存在が、佐々木監督の危機感を強めた。ワールドカップから1カ月後の2015年8月、指揮官は東アジアカップ決勝大会に臨むメンバーに新戦力を多数抜擢。初戦の先発メンバーには、ワールドカップ出場6選手と初招集4選手を同居させた。MF京川舞を右サイドバックで起用するなど、コンバートも織り交ぜながらチームのベースアップを図る。1勝2敗の3位と結果は出なかったが、翌年のリオデジャネイロ・オリンピックを見据えた強化に乗り出す機運は高まっていた。

 だが、今回のアジア最終予選に臨んだメンバーで“新顔”と言えたのは、FW横山久美とGK山下杏也加のみ。佐々木監督は「若い選手たちも含めて、現在進行形で成長させている段階。彼女たちをチームに合わせた時に世界レベルにあるかというと、なかなか厳しいものがあった」と話す。今予選、世代交代を“しなかった”ことを敗退の要因と捉える声もあるが、世代交代を“できなかった”、その水準に達する若手の突き上げがなかったと表現したほうが正確だろう。佐々木監督が昨年のカナダで感じていた“限界”が、ここで表出してしまった。ショッキングだが、しかし来たるべくして来た敗北の時でもあった。

 佐々木監督が戦術的な上積みを施すことができなかったことは事実だ。“打倒なでしこ”を掲げて分析と対策を講じてきた他国に対して既存のコンセプトを変えることはなく、選手の入れ替えに活路を見出すしかなかったが、それも叶わずに終わった。また今予選に関して言えば、10日間で5試合という短期決戦で初戦を落とした影響は計り知れず、焦りによって単調なロングボール主体の攻撃に傾斜し、悪循環に陥った面もある。自国開催の利を活かし、試合勘を養うための強化試合を開幕前に組む選択肢もあっただろう。種々の敗因が想起され、“たられば”を言い出せばキリがない。ただ、いずれにせよ一つ言えるのは、なでしこジャパンが新たな苦境に直面していることを象徴する大会だったということだ。

 ライバルたちが、なでしこジャパンに匹敵する組織力と戦術的成熟を身につけた――。

“個々のフィジカル差を組織で埋めた”栄光の時間を経て、これからは新たな武器を身につけなければ、世界と渡り合うことは難しい。指揮官の言葉を借りれば「これからが大変」である。

 佐々木監督は現在の女子サッカー界について「僕がスタートした(指揮を執り始めた)頃は(FIFAランク)11位くらいだった。当時は20位くらいのチームとは明らかに差があった。でも今は4位だけど、30位や40位の国ともそんなに差がない。層が厚くなってきたという現実がある」と、他国のレベルアップを強調している。そんな中、どこに活路を見出していくか。佐々木監督の言う「個々の質」というフレーズには、様々な意味が含まれるだろう。「フィジカルの差」と一言で言っても、単純な体格差は補えなくとも身体の使い方や瞬発的な動きを向上させるアプローチであれば不可能ではないはず。さらに技術面の絶えまぬ向上は当然ながら不可欠で、「ジュニア期からの普及をしているので、その継続が必要だと思う。各年代代表の強化もやっているので、それをうまくトップにつなげていく。継続的にやっていることを、世界を見据えながら続けてほしい」と、佐々木監督は長期的な視野での対策の必要性を口にした。

「最後の試合でほんのりと選手たちの笑顔を見ることができて、そして退任という形になった。少し救われた」。そう言って笑顔を見せた佐々木監督。125試合、80勝16分け29敗。輝かしい実績を残した指揮官が最後に語った課題を、どう克服していくか。世界の頂に登り詰めたからこそ新たに直面する苦境に、どう立ち向かっていくか。2020年の東京オリンピックまで4年。日本女子サッカー界が、岐路を迎えている。

文=内藤悠史

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