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今こそ川崎の大黒柱に…中村憲剛から「お前が背負ってるんだ」と言われ続けた大島僚太

2021.01.06

[写真]=金田慎平

 新型コロナウイルス第3波が猛威を振るい、首都圏での緊急事態宣言再発令が確実になるなど、波乱の幕開けとなっている2021年。そんな中、元日に行われたのが、天皇杯決勝だ。1万3318人が集まった新国立競技場で栄冠を勝ち取ったのは、2020年Jリーグ王者の川崎フロンターレ。立ち上がりから5バックで超守備的に挑んできたガンバ大阪を攻略しきれず苦しむ中、55分に三笘薫が鋭く冷静な一撃を突き刺し、1-0で勝利。過去に一度も手が届かなかったこのタイトルをようやく手中にしたのである。

 大卒ルーキーのゴールをお膳立てした1人が背番号10をつける大島僚太だった。最終ラインのパス交換からのボールに自らヘッドで競り合い、キム・ヨングォンにこぼれたボールを奪い返して股抜きでレアンドロ・ダミアンに配球。ここから三笘にラストパスが渡ったのだ。大島の真骨頂とも言えるテクニカルなプレーで中村憲剛の現役ラストマッチを飾ることができ、彼自身も感極まるものがあったことだろう。


「本当に……、(中村憲剛が)いなくなることが信じられないと言えば信じられないし、それくらい一緒にプレーしている間に沢山のことを教えてもらいました。あれだけ愛されるサッカー選手はなかなかいないし、僕も憲剛さんを愛していた1人。引退発表してからずっとそう思っていました。でもいつまでも依存はできない。自分が引っ張っていく覚悟を持って戦っていきたいと思います」

 試合後の会見で「自身にとって中村憲剛はどんな存在か」と問われ、大島は言葉に詰まった。もともと感情を表に出さないタイプだが、この時ばかりは大粒の涙がこぼれ、話が途切れ途切れになった。2011年に静岡学園から川崎入りして丸10年、つねに自分に隣には偉大な背番号14がいた。「止める蹴る」と「タテパス」にこだわりを持つテクニカルなMFの一挙手一投足を目の当たりにしながら、大島は自らをレベルアップさせてきたのだ。

 2016年リオデジャネイロ五輪アジア最終予選に挑む直前の2015年12月。大島はリオ世代の看板であると同時に、A代表有力候補と目されるようになっていた。が、中村憲剛からの要求は厳しいままだった。

「僚太には『お前、(五輪予選で)日本が負けたらヤバいんだぞ。分かってるか』って散々言ってる。『お前らが日本を背負ってるんだから、絶対に突破しないといけないんだぞ』って。でも僚太の返事は『はい、そうですね』って感じ(苦笑)。あいつは熱量のあるキャラクターじゃないから、いつも肩透かしを食らうんだけど、大和魂みたいなものを持ってやってほしいと心底、思うよ」

 憲剛ら昭和生まれに比べると、平成生まれの若者は「泥臭く頑張る姿」を出したがらない傾向が強い。大島はまさにそう。静学の恩師・川口修監督も「中学時代から6年間見てきたけど、僚太から自分の意見を聞いたことがない。言ったことは忠実にこなすし、真面目でひたむきなんだけど、指示待ちの傾向が強かった」と言うくらいだから、年長者にとっては「物足りない存在」に映りがちだったのだ。

 その分、憲剛から苦言を呈される回数も多かった。本人は多少、煩わしいと感じる部分もあっただろうが、2017年のJ1初制覇と2018年の連覇、2019年のYBCルヴァンカップ優勝と川崎が常勝軍団の階段を駆け上がるたびに「自分からアクションを起こさなければいけない」「フロンターレの中心という自覚を持たないといけない」と感じる場面は年々、増えていったはずだ。

 そしてコロナ禍の2020年には、J1と天皇杯の2冠を達成した。自らはリーグ戦23試合出場3得点という数字に象徴される通り、何度かケガに悩まされたが、偉大な先輩は全治7カ月という左ひざの大ケガから華麗な復活を果たし、自らの40歳のバースデーに決勝弾を叩き出すという離れ業もやってのけた。勇敢すぎる姿を目の当たりにし、大島は「本当にすごい人だ」と痛感すると同時に、「いつまでも憲剛さんに鼓舞される自分ではダメだ」と危機感を抱いたのではないか。天皇杯決勝での闘争心と攻守両面のアグレッシブなプレーには、そんな自覚が垣間見えた。

「憲剛さんはすべてを教えてくれたサッカー選手ですし、本当に感謝しかない。今後、憲剛さんがいなくなっていろいろ言われることもあると思うけど、『なにくそ』という気持ちでやらないといけない」

 自らを奮い立たせた27歳のテクニシャンがやるべきなのは、川崎を最強軍団へと導き、アジア王者へと牽引することだ。2021年は絶好のチャンス。それをモノにするしかない。

 そうやって傑出した存在感を示していれば、日本代表復帰、2022年カタールワールドカップ行きも見えてくる。2019年11月に久しぶりに代表復帰した際には「個人的にはケガなく帰りたいです」と苦笑いしていたが、もっと貪欲に代表ボランチを取りに行ってほしいと多くの仲間が強く願っている。

 メンバーに名を連ねた2018年ロシアワールドカップは直前まで西野朗監督に期待されながら、ケガでチャンスをフイにし、柴崎岳に定位置を奪われた苦い過去がある。それを本人も忘れてはいないだろう。憲剛が2度目のワールドカップでリベンジを果たせなかった分、大島にはそれを果たす責務がある。カタールで日本を8強に導き、誰もが頼れる男になること。もう一皮、二皮剥けて、逞しく飛躍していく姿を、大先輩も待ち望んでいるに違いない。

文=元川悦子

By 元川悦子

94年からサッカーを取材し続けるアグレッシブなサッカーライター。W杯は94年アメリカ大会から毎大会取材しており、普段はJリーグ、日本代表などを精力的に取材。

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