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異色キャリアの「0距離」Jリーガー、浅川隼人はなぜオンラインサロンを始め、熊本に食堂を作ろうとしたのか

2020.10.29

[写真]-ロアッソ熊本

2018年に加入したY.S.C.C.横浜では年俸0円。1年目は1試合も出られなかった。それでも2年目の2019シーズン、突如躍進を遂げ、J3得点ランク6位の13ゴールをマーク。その活躍を評価され、今シーズン、ロアッソ熊本へと移籍を果たした。

昨シーズン、浅川隼人はピッチ内だけでなく、ピッチ外でも精力的に活動した。Jリーガーという肩書きを活用してサッカー教室を始め、クラウドファンディングで支援金を集めてセブ島でもサッカー教室を開き、『レンタルJリーガー』という今までになかった企画も実施した。グラウンド外での活動に注力することには批判的な声もあったが、自身はそのおかげで結果を残すことができたと話す。


近い距離間でファンと接する「0距離」を大切にし、間近で送られる応援を活力にしてピッチで躍動してきた。もっとも、ファンとの交流はサッカーに限ったものではなく、浅川隼人という人間を知ってもらうための活動でもあるという。「サッカーは自分を表現する一部でしかない」と語る浅川は、ピッチ外の活動を含めて「新しいサッカー選手像を作っていきたい」との想いを抱く。

インタビュー・文=安田勇斗
写真=ロアッソ熊本

Y.S.C.C.横浜に所属していた昨シーズンはJ3リーグで32試合出場13得点という成績を残しつつ、ピッチ外でもアクティブに活動していました。
浅川 大卒1年目の一昨シーズンは1試合も出られず、自分の内に秘めているものを発信できていなかったんです。でも昨シーズン始めに、40歳目前でJリーガーになった安彦考真(Y.S.C.C.横浜)選手といろいろ話していく中で、こういう形で情報発信していけばいいんじゃないかとアドバイスをいただき、さっそく「Jリーガーにサッカーを教わろう」という企画を実施しました。

どのような形で実現させたのでしょうか?
浅川 noteで自己紹介を兼ねた記事を投稿し、Twitterで拡散しました。それからSNS上で希望者の方々とやり取りして実施しました。サッカーを通じて子どもたちと触れあえたことは、僕自身もありがたかったです。

昨年夏には、クラウドファンディングで支援金を集め、セブ島にサッカーを教えに行く企画も実施しました。
浅川 はい、多くの方に支援していただき、貴重な経験ができました。一方でこの頃から新しい考えも芽生えてきたんです。サッカーを教えるだけでは、サッカー好きの方にしか届かないし、自分の価値を広めていくためには違うチャレンジも必要だなと感じて、オファーしてくれた方が内容も金額も決められる『レンタルJリーガー』を始めました。

セブ島でのボランティアサッカー教室には約180人の子どもが集まった [写真]=本人提供

『レンタルJリーガー』ではどんなことを実施したのでしょうか?
浅川 サッカーの指導や、企業のPR協力、カフェで何時間も人生相談に乗るということもありました。どれもいい経験になりましたし、その中で大切にしていたのが『0距離』、応援してくださる方々との距離をグッと縮めることを意識していました。

今シーズン、ロアッソ熊本に加入しました。熊本で新しく始めたことなどはありますか?
浅川 去年1年間は自分を知ってもらうための活動と考え、今年はコミュニティ作りができればと思い活動しています。まずは『はやととあなた』というオンラインサロンを立ちあげ、それと、もう一つやりたかったのが「食」のコミュニティ作りでした。昨シーズン1年間プレーして改めて「食」は大事だなと感じたんです。食事でパフォーマンスが変わることを実感していましたし、アスリートにとって大事な食事を通じて、子どもたちや親御さんとコミュニケーションが取れればなと。

リアルにコミュニケーションできる食堂を作ろうと考えていたんですか?
浅川 そうです。今チームにも食堂がないので、食事でチームを強くしながら、地域密着でファンとコミュニケーションも取れる、そういう場所を作れればなと漠然と考えていました。でも、コロナ禍で実店舗を運営できる状況ではなく、まずはお弁当の販売から始めたんですけど、それも多くの方々との接触を伴うので今は自粛しています。

そこで提供するお弁当などは、誰がメニューを考案しているのでしょうか?
浅川 アスリートフードマイスターの資格を持っている僕の彼女と、熊本で出会ったフードアドバイザーの方が協力してメニュー開発しています。クラブもこの活動をポジティブに捉えてくれていて、一般のお客さまへの販売はストップしていますけど、ロアッソ熊本に所属する選手に食事を出したり、形を変えて活動自体は続けていますし、今後リアル店舗とは違ったスタイルでの運営も検討しています。

食堂で提供予定だったアスリート向けの食事の一例 [写真]=本人提供

今シーズンも積極的に活動しようとしていた中でコロナ禍に直面しました。考えに変化や、新しく気づいたことなどはありましたか?
浅川 サッカー界に自分と同じような考えを持っている選手がいることに気づけたのは大きかったです。自分も含めて、コロナ禍でサッカーができず、「自分の価値って何だろう」と考え、サッカー以外の部分を表現する選手が増えました。自分はその状況を前向きに捉えていて、サッカー選手には勝ち負けだけじゃない、違った価値もあるところを見せられればいいなと。そうした中で都倉賢(セレッソ大阪)選手や橋本英郎(FC今治)選手、菅和範(栃木SC)選手など、サッカーで素晴らしいキャリアを重ねながらピッチ外でも活動している何人かの選手とコンタクトを取らせていただき、いろいろなお話を聞くことができたのは良かったです。

そうした同じ考えを持つ選手たちと一緒にやりたいことなどもあるのでしょうか?
浅川 今シーズン、ヒュンメルと一緒に『HAYATO DREAM PROJECT』をスタートさせました。僕が試合や練習で履くスパイク2足をファンの方に購入してもらい、そのうち練習用の1足に好きな言葉や名前の刺繍を入れた“世界で1足のスパイク”をお送りするという企画です。それをいろいろな選手と一緒にやりたいなと思っています。今年自分の会社を立ちあげ、クラブやメーカーをまたがった企画も実施できるので、自分がいろいろな選手や人たちをつなげて大規模な企画としてできたら面白いなと考えています。

『HAYATO DREAM PROJECT』で提供された『ヒュンメル』のスパイク [写真]=本人提供

コミュニティ作りをしていきたいと考え、立ちあげたオンラインサロン『はやととあなた』ではどんなことを実施しているのでしょうか?
浅川 毎週Zoomミーティングをさせていただきながら、並行していろいろな企画も走らせています。一つは自分のプレーを分析するプロジェクトで、『SPLYZA TEAMS』というツールを使いながら、自分の視点と分析官の視点で互いに意見を出して、試合でのプレーに活かしています。それと、コロナ禍で実現できなかったんですけど、子どもたちとサッカーしたり、虫取りしたり、めいっぱい遊ぶ「はやとの夏休み」という企画も進めていました。あと、コロナ禍での自粛期間中は毎週パーソナルトレーナー指導の下で一緒にオンラインでトレーニングもしていましたし、最近は自分のトレーニング動画を撮影してシェアしたりもしています。

オンラインサロンに食堂設置、他クラブを巻きこんだスパイク企画と、サッカー以外でいくつものプロジェクトを進めていますが、なぜそこまでアクティブに動けるのでしょうか?
浅川 現役のサッカー選手だからできること、会える人が多いのは間違いなくて、でも仮に35歳までできたとしてもあと10年しかないんですよね。だから、今は本当に大事な時期だと思っていて、アクティブに動いています。僕は来年東京オリンピックが開催される2021年が勝負の年だと思っていて、サッカー以外でこれまで種まきしてきたことが花開いて、その活動での年収が、サッカーでの年俸を超えられるようにできればなと考えています。

サッカー選手としては、かなり大胆な考え方だと思います。
浅川 僕はサッカーで稼げなくてもいいと思ってるんですよ(笑)。あれだけの舞台で自分の好きなことをやらせてもらっているので。お金がもらえなくてもプレーできるだけで幸せですし、大げさに言えば、お金を払ってでもプレーしたい場所なんです。もちろん勝ちたいし、もっと上に行きたいし、サッカー選手の価値として年俸を提示してもらえるのはうれしいんですけど。ただ僕にとっては好きなこと、それこそ趣味の延長線上にあるサッカーなので、そこで稼げなくてもいいかなと。J3にはアマチュアの選手がたくさんいて、中にはJ3に行けるのにアマチュアだから行かなかったという選手もいます。すごい能力がありながら給与面を理由に一般就職した選手をたくさん見てきました。その考え方はもちろんわかるんですけど、能力のある選手がサッカー界を離れていくのはやっぱりもったいないなと。僕は昨シーズンまでアマチュア選手でしたけど、それでも生活はできていました。サッカーでの収入が0円でも他の仕事で十分まかなえますし、チャンスをつかめば移籍もできます。僕がアマチュアから地道な活動を経て一定の収入を得て、今後もキャリアを重ねられれば、それを見て、あきらめずに夢を追いかける選手も増えるだろうし、そうやってサッカー界を盛りあげていくことが一番下からはい上がってきた自分の使命だと思っています。

熊本1年目にして自身のグッズの売り上げが好調だったのも、地道の活動のおかげかもしれないですね。
浅川 まだロアッソで試合に出ていなかったにもかかわらず、グッズの売り上げが一番だったのですが、それもこうした地道な活動の成果ですし、応援してもらって自分の後押しにもなり、チームの収入にもつながり、いろいろなメリットが生まれていると思います。自分はファンとの「0距離」を大切にしていて、たくさんのファンがいなくても、顔と名前がわかる1人のファンがいるだけで本当に大きな力になりますし、そういうファンをもっと増やしていきたいと思っています。

J3第22節終了時点で6ゴールを挙げ、9月19日の藤枝MYFC戦で決めたロングシュートは9月のJ3月間ベストゴールに選出された [写真]=ロアッソ熊本

もっとも、若手選手がピッチ外の活動に力を入れることには賛否両方の意見があると思います。
浅川 実際、「他の活動をしていてサッカーに集中できるの?」と懐疑的な意見もありました。でも僕は、自分のことを応援してくれる人たちのおかげで、ピッチ上で結果を残せる、という実体験があるんです。昨シーズン、ある中学校で毎週ストライカーコーチを担当させていただいたんですが、その生徒たちがボールボーイとして初めて来た試合でハットトリックを決めたんです。応援してくれる人たちの前で活躍しないと、と自分にプレッシャーをかけ、結果を出すことができました。自分はもともとプレッシャーを受け止めて、はねのけていくタイプで、例えば昨シーズンの始めに、まだ1試合も出たことがないのにチームミーティングで「二ケタ得点取ります」って宣言して13得点取りました。でもそれは、自分で公言してプレッシャーをかけたことに加えて、それを全力で応援してくれた方たちがいたからなんですよね。そういう経験があるので、ピッチ内はもちろんですけど、ピッチ外の活動をとおして浅川隼人という人間を知ってもらうこと、それをきっかけに応援してもらうことは本当に大切だと思っています。

ピッチ外の活動が今につながっているんですね。
浅川 はい。自分にとってサッカーは自分を表現する一部でしかないんですよね。もちろん職業であり、大きな割合を占めていますけど、人生のすべてではありません。でも全部つながっていて、ピッチ外の活動でファンが増え、そのファンの応援で結果が出せるようになり、結果が出ればまたファンが増えるんです。そうしていくうちに浅川隼人という人間の価値は上がり、ピッチの中でも外でももっと大きなことができるようになる。それと、サッカー選手にとってケガは死活問題で、例えば1年間離脱となった時、サッカーしかしていなかったらもうどん底だと思うんですよ。でも自分みたいに近い距離のファンが多ければ、直接たくさんの声をかけてもらえますし、モチベーションを落とさず常にハッピーな自分でいられます。実際、コロナ禍でもポジティブでいられたのは、ピッチ外の活動をとおして知り合い、自分を支えてくれているファンがいるからだと思います。

この先に思い描いていることなどはありますか?
浅川 まず個人としてはJ3得点王になることが目標です(第22節終了時点でトップと6点差の6ゴールを記録)。これまで何度も言い続けてきたので何としても取りたいです。それとチームの目標であるJ2昇格を絶対に達成したいです(第22節終了時点で2位と同勝ち点42の3位/2位以上がJ2昇格)。今後については、これまでどおりコミュニティ作りを、みんなが夢を追い続けられる、みんながハッピーでいられるコミュニティを作っていければと思っています。また、自分自身はいい車に乗って、いい家に住んで、というスターのようなサッカー選手ではなく、ピッチ外でも精力的に活動してファンと関係を築いていく新しいサッカー選手像を作っていきたいと思います。

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