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価値ある今季初ゴールを決めた酒井高徳。傑出した統率力で神戸を立て直せるか

2020.09.07

湘南戦で今季初ゴールを記録した酒井高徳 [写真]=J.LEAGUE

「ルヴァンカップ(2日の川崎フロンターレ戦)でホームでああいう大敗をしてしまって、ファンのみなさんには申し訳ない気持ちでいっぱいだった。チームとしてリアクションを見せることが大事だと思って試合に挑んで、結果はついてこなかったけど、選手たちの気持ちはすごく出ていた。最低限の結果を持って帰れるかなと思いますね」

 5日の湘南ベルマーレ戦。後半開始5分に大岩一貴に先制点を許したヴィッセル神戸を救ったのが、背番号24をつける酒井高徳だった。この日は普段とは異なる右サイドバックに入り、タテ関係に位置する古橋享梧と好連携を披露。失点から3分後に彼の落としたボールをペナルティエリア手前で受けると、ワンタッチから左足の正確なシュートでネットを揺らし、瞬く間に同点弾を奪ったのだ。


「前半から相手のプレスをかいくぐった時にはちょっと相手がステイしていることが多かった。ワンタッチだったり、3人目の動きというイレギュラーなプレーがないと崩すのは難しいと思っていました。あの場面はタテパスが入った瞬間に享梧が動いたスペースを共有して使えた。シュートは感覚でファーサイドに落ち着いて流し込めたのでよかったです」とさすがの戦術眼で自身の今季初得点を分析してみせた。

 これだけ物事を幅広く見渡せる選手だからこそ、神戸の現状を苦悩しているに違いない。元日の天皇杯制覇、2月の富士ゼロックススーパーカップ優勝と2020年は幸先のいいスタートを切った彼らだが、新型コロナウイルス感染拡大による長期中断を経て、再開された7月以降はもたつき感が否めない。

 もともと神戸は登録人数が27~28人と他より少なく、最強布陣とそれ以外の実力差が大きい点が懸念されていたが、夏場の超過密日程による消耗とパフォーマンスの低下は想像以上だった。7月のJ1は2勝2分2敗、8月も2勝3分2敗と白星が先行せず、直近のリーグ戦も3連続ドローとスッキリしない状況が続いている。加えて、ルヴァン杯も川崎に6失点惨敗。チーム立て直しは急務の課題になっていた。フィンケ監督も今回の湘南戦のように酒井や古橋を右サイドに配置したり、小田裕太郎ら若手を積極起用するなどさまざまな打開策を講じているが、物事が思うように運んでいないのが実情だ。

「今シーズンは引き分けが多い中、しっかり勝ち切ることはすごく大事。これからどんどん試合が重なっていくにつれて、落とせなくなるゲームも多くなるので、勝てるところでしっかり勝ち切る。守り切ることを意識しない。今の悪い流れやよくない経験を反省して、残りの試合に生かしていかないといけないと思います」と酒井も改めて語気を強めた。

 どんな苦境に立たされてもめげることなく、つねにチームを前向きな方向に持っていこうとするのが、彼のいいところ。それは紆余曲折の連続だったこれまでのプロキャリアから身に着けた術だろう。とりわけ、ドイツのハンブルガーSVでキャプテンを務めた2016~2019年の壮絶な経験は大きかった。

 ドイツ屈指の名門クラブはご存じの通り、16-17シーズンはブンデスリーガ1部残留を果たしたものの、翌17-18シーズンに史上初の2部降格。容赦ない批判にさらされた。それでも気を取り直して18-19シーズンに挑んだが、1年での1部復帰に失敗。道が断たれたリーグ最終節・デュイスブルク戦で彼自身が83分からピッチに立つや否や、凄まじいブーイングと指笛が浴びせられた。

 神戸加入直後、酒井は「そのことはもう忘れました」と苦渋の表情を浮かべたが、異国で辛酸をなめた経験は脳裏に深く刻まれているはず。Jリーグ最高のタレント軍団・神戸でも成績不振の長期化で屈辱を味わったり、批判を受けるような事態は何としても回避しなければならない。今季J1優勝候補と目されながら、現時点で勝ち点19の10位という現状はやはり納得できるものではない。いかにしてこの停滞感を打ち破るのか……。今こそ傑出した統率力と牽引力を持つ男の一挙手一投足が問われるのだ。

 百戦錬磨のサイドバックが真っ先に取り組まなければいけないのは、守備の安定化だろう。今季の神戸は、15試合で通算失点24。これは18チーム中、5番目に多く、同じ15試合を消化している首位・川崎より11も多い。これでは古橋やドウグラスがある程度の点を取っても上位には食い込めない。要所要所で声を出せる酒井が中心となって細部に至るまでコミュニケーションを密にしていくこと。それが浮上のキーポイントと言える。

「チームがピンチに陥った時こそ『ここはちゃんとしなきゃいけない』っていう声かけが必要なんです。自分はハンブルクでもそういうことを率先してやっていたけど、ここは日本語が通じますからね(笑)。近くにいる選手にも『ああ言え』、『こう言え』ってコミュニケーションを取ることの大切さをもっと伝えていきたいですね」と彼はちょうど1年前にも強調していたが、こうした姿勢がチームに浸透し、神戸は天皇杯のタイトルを手にするに至った。成功への道のりを今一度、思い出すこと。それが今の神戸にとって重要ではないだろうか。

 加えて言うと、3月にJリーガー初の新型コロナウイルス感染という不運に見舞われ、困難から這い上がったことも、酒井の闘争心に火をつけているはずだ。支えてくれた人々に勝利で恩返ししたいという気持ちは誰よりも強い。

「ピッチに立って全力でプレーしている姿、頑張っている姿を見てもらって、少しでも勇気や希望を与えられるようにしたい。プロ意識を高く持って今季をサッカー選手として全うしたいと思います」

 こうした感情を爆発させる場はまだ20試合以上残っている。今後、彼自身と神戸がどのような軌跡を描いていくのか。まずは9日、川崎とのリベンジマッチの行方に注目したい。

文=元川悦子

By 元川悦子

94年からサッカーを取材し続けるアグレッシブなサッカーライター。W杯は94年アメリカ大会から毎大会取材しており、普段はJリーグ、日本代表などを精力的に取材。

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