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川崎復帰の大久保嘉人、約半年で磐田へ電撃移籍!「J1通算200得点を」と抱負

2018.06.26

磐田へ移籍する大久保嘉人[写真]=Getty Images

 ジュビロ磐田は26日、川崎フロンターレのFW大久保嘉人が完全移籍で加入すると発表した。

 川崎所属時の2013年から15年にかけて3度得点王に輝いた大久保は、今季開幕前にFC東京から復帰。明治安田生命J1リーグでは第15節終了時点で12試合に出場し、2得点を挙げていた。


 完全移籍にあたり、大久保は磐田の公式HPにて以下のようにコメントしている。

「はじめまして。大久保嘉人です。大久保嘉人と聞けば、気性が荒いイメージが強く、嫌いな人も多いと思います。でも、磐田の一員になったからには、今までの経験を生かし、クラブのために頑張りたいと思います。ファン・サポーターの皆さんに、1日でも早く認めてもらい、『ジュビロ磐田の大久保』と言ってもらえるように、全力で目標に向かってやりたいと思います。そして、個人的な目標になりますが、ジュビロ磐田で、J1リーグ通算200得点を達成できるように頑張ります。熱い応援、よろしくお願いいたします」

 そして川崎に対しては以下のようにコメントしている。

「出戻りで帰って来させてもらったにも関わらず、半年で移籍することになり、本当に申し訳なく思っています。かなり悩み、自分自身、とても苦しかったのですが、まだサッカーは辞めたくないという気持ちと、もう一度輝きたいと思い、この決断をしました。悩み続ける日々の中で、『引退』の文字が浮かんできていたことも事実です。年をとることは、避けられるものではなく、年を重ねるごとに、時間の感覚というか、1日1日の重みが変わってきたことを感じています。36歳になったいま、前に進むスピードを上げていかないと、その変化についていけない。フロンターレで努力し続けることを、最優先に考えていましたが、置かれている現状では、そのスピードを上げることができないと判断しました。フロンターレは本当に大好きです。チームメイト、スタッフの皆さんはもちろん、ファン・サポーターの皆さんにも本当に感謝しています。本当に本当にありがとうございました」

 大久保は1982年生まれの36歳。国見高校出身で、2001年にセレッソ大阪に加入した。2003年に日本代表デビューを果たし、2004年にはアテネオリンピックに出場した。同年11月、マジョルカへのレンタル移籍が決定。2005年1月にリーガ・エスパニョーラでデビューを果たすと、2005-06シーズンも同クラブでプレーした。

 2006年6月、C大阪への復帰が決定。2007シーズンからはヴィッセル神戸でプレーし、2009年1月にヴォルフスブルクへの移籍が決まった。しかし、移籍後は出場機会に恵まれず、約半年後に神戸への復帰を決断。2010年の南アフリカ・ワールドカップに出場した。2013年から川崎でプレーし、2014年のブラジル・ワールドカップにも出場している。

 なお、大久保の磐田での背番号は「22」に決定。26日の午前練習からチームに合流する予定となっている。

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