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“熱すぎる男”FW鄭大世、背負う責任と“終の棲家”清水への愛 「絶対にJ1へ」

2016.08.24

 [写真]=Getty Images

 心の中に抱いた想いを、オブラートに包むことなくストレートに言葉にする。屈強なフィジカルにちなんで「人間ブルドーザー」の愛称で親しまれた川崎フロンターレ時代から、FW鄭大世は“熱すぎる男”としてファンやサポーターに愛されてきた。

 韓国Kリーグの強豪、水原三星ブルーウィングスから清水エスパルスへ完全移籍で加入し、5年ぶりにJリーグ復帰を果たしたのが昨年7月。今シーズンからは初体験となるJ2の舞台で戦い、17ゴールで得点ランキングの首位を走っていても、32歳になった元朝鮮民主主義人民共和国代表FWは自然体を貫いている。


 7戦連続負けなしと波に乗り、上位進出をうかがっていた横浜FCに2-0で快勝。京都サンガF.C.と勝ち点51で並び、得失点差で上回って5位に浮上した21日の明治安田生命J2リーグ第30節の試合後も、敵地ニッパツ三ツ沢球技場の取材エリアに“テセ節”が響きわった。

「現実的には3位狙いです」

 年間42試合を戦う長丁場のJ2リーグも、残りはいよいよ12試合。J1へ自動昇格できる2位松本山雅FCとの勝ち点差は「6」で、9月25日には敵地アルウィンで直接対決も待っている。

 1年でのJ1復帰へ、いざラストスパートを仕掛けようという矢先に「エッ?」と思われかねないコメントだが、そこには「人事を尽くして天命を待つ」という、チームメイトへ向けた鄭大世の熱い檄が込められている。

「狙ってはいますけど、現実的には3位狙い。あとは僕たち次第じゃない。上のチーム次第で2位を狙えるか狙えないか。こういう状況を作ってしまった自分たちの責任であり、コンサドーレ札幌戦やセレッソ大阪戦を含めて、ヤマ場とされた大事な試合をことごとく落としてきた現実をしっかりと受け止めないといけない。だからこそ、3位までは絶対に行かなきゃいけない」

 年間総合順位で17位に沈み、Jリーグが産声をあげてきた1993シーズンから守ってきたJ1から降格した昨シーズンのオフ。FWピーター・ウタカ(現サンフレッチェ広島)、リオデジャネイロ・オリンピック日本代表のGK櫛引政敏(現鹿島アントラーズ)らがJ1の舞台でプレーすることを選んだのに対して、2010年の南アフリカ・ワールドカップでプレーした経験をもつ鄭大世は清水に残留した。

 2ndステージ途中から加入した昨シーズンは、13試合出場で4ゴール。やや物足りなく映る数字に、救世主と期待されながら清水を降格させた責任を感じた末の決断なのか。返ってきたのは、またもや意外な言葉だった。

「J2に落ちても残ると思えるくらいに契約内容が良かったので」

 誤解を抱かれないように少し補足しておくと、清水加入が決まった昨年7月9日に「残りのサッカー人生のキャリアをエスパルスに捧げ、勝利のために自分を犠牲にして、皆さんとともに歩んでいきたい」と綴った決意は、今も全く変わらない。

 それでも「個」の頑張りだけではどうにも乗り越えられない“壁”があった。移籍交渉が大詰めを迎えていた同7月2日、清水がヴィッセル神戸に0-5の大敗を喫した2ndステージ開幕戦の結果と内容を知った時点で、彼はJ2への降格を覚悟したという。

「このチームは組織が崩壊していることが分かった。清水のチームカラーに(ピーター)ウタカはまず合っていない。清水は伝統的に組織力で戦うチームで、個が突出した選手はいないイメージがあったんですけど、ウタカは試合中の走行距離が8キロくらいで、チームとして守備を要求することもなかった。まるで(リオネル)メッシみたいなものじゃないですか。加えて(大前)元紀が守備をするかと言えば、これもしない。2トップが前残りだから点は取れると思うけど、組織全体として考えた時に、90分間を通して2トップが守備をしなかったら、ボランチにものすごく負担が掛かる。そうなればプレスを掛けられなくなり、緩くなったボランチの裏をフリーでどんどん抜かれてしまう」

 昨シーズンの個人成績を振り返れば、ウタカは9ゴール、大前は11ゴールを挙げている。2トップで計20ゴールを奪っても、組織としてリーグワーストの65失点を喫しては勝てない。古巣・川崎と対峙した2ndステージ第4節からピッチに立った鄭大世は、まず守備ありきで前線から果敢に走り回った。先発した11試合の平均走行距離は10.30キロ。一方で、2トップを組んだウタカの平均は8.08キロにとどまっている。

「とにかく必死になって守備をした。ボランチの選手からは『めちゃ楽になった』と言われたけど、それでも勝てなかった。組織を立て直そうと頑張ったけど、個ではどうにもできなかった。なので、(J2に降格した)責任は正直、感じていない。落ちるべくして落ちたと思っている」

 言い換えれば、今シーズンはJ1昇格に対して大きな責任を背負っている。開幕を控えた2月12日の練習中に左足小指の先端部分を骨折。全治5週間と診断され、復帰が3月下旬までずれ込んだことで、それはさらに増幅された。その後、ピッチに戻っても、なかなかコンディションが上向いてこない。このままではチームに貢献できない。一念発起した鄭大世は、シーズン中では異例となる減量に取り組んでいる。

 キックオフ前に発表されるメンバー表のサイズは身長181センチ、体重80キロとなっているが、実際の体重は「78キロから、今はちょっと増えて79キロですね」と屈託なく笑う。

「ジュース、アイスクリーム、お菓子といった間食を一切取らないようにして、食事の栄養管理もして、練習場まで自転車で通勤するようになって痩せました。最近はめちゃ暑くて、消費が半端ないのでさすがに自転車には乗れないけど、それでも生まれて初めて体脂肪率がひと桁になりました。それまでは12パーセントから13パーセントだったのが、9パーセントにまで減らしました。おかげで結構風邪を引くようになったんですけど」

 実は横浜FC戦も、風邪が治り切らないままで迎えたという。試合後には「守備ができなかった」と反省することしきりだったが、2トップを組んだ163センチ、58キロの小兵、21歳の金子翔太の頑張りには目を細めずにはいられなかった。21歳の石毛秀樹、20歳の北川航也と激しいポジション争いを繰り広げている金子は、6試合ぶりに先発を勝ち取った横浜FC戦の47分に先制弾をマーク。キャプテンのMF河井陽介から放たれたクロスを、相手DF田所諒と競り合いながら逆サイドのゴール左側へ落としてアシストしたのは鄭大世だった。

「僕がかなりきつくマークされていて、なかなかフリーでボールをもらえなかったんですけど、今日は金子がすごく頑張っていたし、そういうチームプレーをする選手のところへボールは転がってくるものなんです。こうやって僕以外の選手が結果を出すことが今後につながってくるし、何よりもみんな得点能力がある。みんなで勝てたことが、何よりも大きい」

 前節までの5試合で計8ゴールを量産していた鄭大世にとって、横浜FC戦はクラブ記録となる6試合連続ゴールが懸かってもいた。実は前半終了間際にビッグチャンスが訪れかけている。金子が高い位置でボールを奪い、そのままドリブルで進んで相手GK南雄太と一対一となった。だが、シュートを選択するまでのほんのわずかなスキに、必死に戻ってきたDFに体を寄せられて決定機を逃してしまう。この時、右側には鄭大世がフリーで走り込んでいた。パスを選ばなかった金子に対して、鄭大世はハーフタイムに「気にするな」と声を掛けている。

「金子が一人で守備をして、一人でボールを奪って、一人でシュートまでいったからね。それまでは徹底して献身的なプレーをしていたけど、あの場面ではチームのためではなく自分のためのプレーを選択した。判断としては間違っていたとは思うし、正直言って『なぜパスを出さないんだ』とむかついたけど、まだ若いし、それを許してあげるのがベテラン。自分もアイツの100倍、いや1万倍くらいエゴイスティックなプレーをしてきたので気持ちは分かる」

 結局、横浜FC戦ではノーゴールに終わった。ゴールネットを揺らした26分の一撃はオフサイドで取り消され、36分に放った強烈な一撃は南にキャッチされた。それでも鄭大世は個人の記録よりチームの勝利を優先させる。

「得点王は全く気にしていない。とにかくチームが苦しい時に点を取れる選手になりたいだけ。今日も0-0の均衡が続いたときに取りたかったんですけどね」

 過去に大分トリニータ、モンテディオ山形、徳島ヴォルティスをJ1に昇格させた小林伸二氏を新監督に迎えた今シーズンの清水。鄭大世自身は目標として「J1昇格プレーオフに進出してのJ1復帰」に据えたが、30試合を終えた段階で3連勝以上がゼロとなかなか波に乗れない状況が続いている。

 原因は分かっている。90分間のうち一度はリードを奪いながら、引き分けあるいは負けとなった試合が実に「7」を数えている。鄭大世は守備の組織がまだ整っていないと指摘する。

「戦っていても負ける気はしないんですけど、ただリードした後に相手が勢いをつけて前へ出てきた時に耐えられない。だから勝ち切れない。攻撃の部分はすごくいい感じだし、実際に攻める時間も多いし、流動的にもできている。欲を出さずにちゃんとパスを出す選手ばかりなので、プレーしていて楽しい。だからこそ、あとは守備の組織をしっかりさせる意味でも、天皇杯で中断する3週間で課題を修正していけば、(中断明けには)いい方向へ進んでいくと思っている」

 総得点57は首位を快走するコンサドーレ札幌の同47に大差をつける1位。一方で総失点29は、最少の札幌の20、2番目に少ない松本山雅の23と比べてやや多い。だが、ここにきて光明も差し込んできている。ケガで長く戦列を離れていた33歳のベテラン角田誠が復帰し、広島からの期限付き移籍を8月に完全移籍へと切り替えたビョン・ジュンボンとセンターバックを組んだ7月31日のFC岐阜戦以降の5試合を、鄭大世は「しっくりきている」とポジティブに捉えている。

「やっぱりサッカーは戦いなので、相手に競り勝とうとする意欲と覇気がなければ試合にはならないし、実際に戦っている選手のモチベーションも上がってこない。その意味では二人はすごく頼もしいし、これからも頑張ってくれると思う」

 横浜FCは2トップをともに身長190センチの長身を誇る大久保哲哉、イバのに固定してから調子を上げてきた。威圧感を与えるツインタワーに対して、180センチの角田と185センチのビョン・ジュンボンが怯まずに空中戦を挑み続けた結果として、逆に疲弊した大久保は57分にベンチへ下がっている。

「積極的にチャレンジしたことで、相手が一枚を代えなきゃいけなくなったことが良かった」

 小林監督も試合後の記者会見で、両センターバックの戦う姿勢を勝因の一つに挙げている。ケガ人も多く、なかなかメンバーを固定できなかったが、リーグ戦全体の3分の2を超えた段階でようやく骨格が固まってきた。もちろん、最前線で泥臭く守備の先陣を切る鄭大世を抜きにして、残り12試合を語ることはできない。

「(個人的には)それなりの結果を今のところ残せている。ただ、ここから先は僕だけの力ではなくて、全体的な力が必要になる。気合いを入れていかなきゃダメ」

 現時点で清水より上位にいる5チームのうち、札幌を除く4チームとの直接対決を残す胸突き八丁の残り12試合へ。いかにチーム全員で守備ができるかが、J1の舞台へ復帰してからの戦いにもつながると鄭大世は力を込める。

「組織が(昨シーズンから)崩壊したままとまでは言わないけど、後半アディショナルタイムに喫した失点で負けた札幌との試合で、どれくらい精神的な弱さを露呈したのかという話。J2だから勝てているし、J2だからこそ見えない課題はいっぱいある。J1へ上がって強いチームと戦っても、今のままじゃダメ。だからこそ、残り12試合で横浜FC戦みたいな試合を続けられるかどうか。後ろも戦って、前もしっかり守備をして。その結果として2位ではなく3位になったとしたら、J1昇格プレーオフは精神的にもきついけれども、受け入れてやるしかない。絶対にJ1には上がらなきゃいけない」

 横浜FC戦では、アウェイ側のゴール裏一面が清水のチームカラーのオレンジで染まった。サンバのリズムに乗った応援と飛び交う大声援は、ホームの横浜FCをはるかに凌駕していた。

 日本有数の“サッカーどころ”清水に、母体となる実業団クラブを持たない市民クラブとして産声を上げてから四半世紀。Jリーグの黎明期から抱き続けてきた我が街のクラブに対する大きな誇りと深い愛情を、鄭大世はその背中にひしひしと感じている。

「サポーターの数は相手よりも圧倒的にウチの方が多かったので、今日はホームだと思ってプレーしていた。この間のフクアリ(J2第25節ジェフユナイテッド千葉戦)もそうでしたけど、サッカー専用スタジアムで客席も近いなかで、雰囲気は完全にウチのものでしたからね」

 横浜FC戦後に速射砲のごとく飛び出したエースの熱きコメントの数々。歯に衣着せぬような過激さを帯びたものも含めて、すべては“終の棲家”と心に決めた清水をこよなく愛するがこそ。J1復帰を実現させ、さらに“その先”へと導くために、鄭大世は若いチームメイトたちに戦う背中を見せ続ける。

文=藤江直人

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