2016.01.16

遠藤、永木が移籍も変わらぬ湘南スタイル…チョウ監督が男気で新たな目標に挑む

湘南ベルマーレ
チョウ監督とともにガッツポーズで記念撮影に臨んだ新加入選手たち [写真]=湘南ベルマーレ
スポーツ報道を主戦場とするノンフィクションライター。

 外壁がライトグリーンとブルーのチームカラーに彩られた、平塚市内にある湘南ベルマーレのクラブハウス。館内にはターニングポイントとなってきた試合を報じる新聞紙面などが、常に挑戦を続けてきたクラブの歴史を未来へ紡ぐように飾られている。

 その一つに、2014年9月23日に敵地で行われた京都サンガF.C.戦に先発した11人の集合写真がある。この試合を2-2で引き分けた湘南は、1シーズンでのJ1復帰を決めている。9試合を残しての昇格決定は、最速記録を大きく塗り替えるものだった。

 2016シーズンに挑む新体制が発表された13日。記者会見に臨むためにクラブハウスを出発しようとした眞壁潔会長の目に、その集合写真が飛び込んできた。

「京都戦で先発した11人の中で、翌年もクラブに在籍したのは6人。J1スタートの段階で5人の選手が移籍していた。そして、新しく加入した選手たちが昨シーズンの立派な結果を残してくれたことを改めて思い返しました」

 歴史は繰り返される。3度目の挑戦にして8位に食い込み、悲願のJ1残留を勝ち取った昨年のメンバーから、今シーズンはキャプテンのMF永木亮太、ハリルジャパンにも選出されたDF遠藤航、守護神・秋元陽太、サイドアタッカーの古林将太という4人が抜けた。遠藤と古林は副キャプテンも務めていた。

 一転して今シーズンは、厳しい戦いを余儀なくされるのではないか――。不安を指摘する周囲の声を、眞壁会長は「厳しいんじゃないの?」と笑顔で肯定する。

「何を基準にして『厳しい』と言うのか。昨年と同じようにできないという意味では、それは厳しいよね。永木亮太も遠藤航も、一人しかいないわけだから」

 湘南を率いて5年目を迎えるチョウ・キジェ監督の去就も、昨シーズンのオフに大きく揺れた。アルビレックス新潟と生まれ故郷でもある京都からオファーを受け、実際に交渉の席を持った。

 その上で続投を決めた指揮官の判断を、眞壁会長はこう慮る。

「次のシーズンへ向けて(選手を)抜かれちゃう可能性が高い中で、湘南でサッカーを続けたほうがいいのかを含めて、新潟なのか、京都なのかと、いろいろなことを考えて、吹っ切れるところがあったので『やらせてください』という話になったんだと思うよ」

 契約を更新したチョウ監督は、12月に入ってドイツへ足を運んでいる。造詣の深いブンデスリーガのゲームを自身の目で見て、興味を抱いていたクラブを実際に訪ねて練習なども視察する。

 新たなシーズンへ向けた刺激を注入するために毎年行っている行脚。もっとも、今回はドイツ滞在中も頻繁に湘南と連絡を取り合った。永木の鹿島アントラーズ、遠藤の浦和レッズ移籍がいよいよ決まる情勢になったからだ。

 帰国後に残留に向けて再交渉の席を持つ時間的な余裕は残されていた。それでも、眞壁会長は「彼らともう一回話しましょうとは、チョウは言わなかった」と振り返る。

「ドイツへ電話を入れたら『頑張ってほしいと言ってあげてください』と。僕も『分かった』と伝えました」

 コーチから監督に昇格した2012年から、チョウ監督は同じポリシーを貫いている。

「そのシーズンを終えた時に、選手たちの価値が上がっていてほしい」

 湘南とともに成長してきた軌跡を物語るように、永木の下へは2013年のシーズンオフにセレッソ大阪、翌年のオフには鹿島からオファーが届いた。遠藤も2014年のシーズン終了後に浦和から熱烈なラブコールを受けている。

 それぞれが熟考を重ねた末に「成長ができる場所」として湘南残留を決め、J1残留を果たす原動力になった。そして今オフには二人に再びオファーが、それも前年を上回る数が殺到した。

 実は永木も遠藤も、最も高い金額を提示したクラブには断りを入れている。2年連続で変わらぬ評価を与えてくれた鹿島と浦和を、さらにステップアップを果たすための舞台として最終的に選んだ。

 価値が認められ、万感の思いを胸に秘めながら旅立っていく彼らの後姿を見てうれしくないはずがない。特に海外挑戦へ強いこだわりをもつ遠藤は、移籍に関する条項を浦和との契約に盛り込んだかどうかを、逆に眞壁会長やチョウ監督から心配されたという。

 新たなシーズンへ臨む湘南の立ち位置を、指揮官はこう表現する。

「ウチは選手がプレーしたいと思う需要、選手が認められて供給していくバランスをしっかりと保ちながら成長していくクラブだと思っている。移籍した選手たちはもちろん大事な存在だったけれども、僕は彼らに『主力』という言葉を使ったことは一度もないし、彼らがいないからできないとも思っていない。キャプテンと副キャプテンが抜けたことはチームが新しく生まれ変われるチャンスでもあり、彼らが認められて移籍していった後に、我々がどのようにふるまえるかが求められているとも思う」

 需要でいえば、永木に代わるボランチとして期待されるMFパウリーニョがジェフユナイテッド千葉から、遠藤のポジションには高い身体能力を持つDF岡本拓也が浦和からそれぞれ期限付き移籍で加入した。

 チョウ監督は総勢9人を数える新加入選手のほとんどの適性を昨シーズン中からチェックし、彼らもまた運動量とハードワークでJ1に新風を吹き込んだ湘南の戦いに魅せられて門を叩いた。

 新キャプテンには27歳のFW高山薫を指名し、1991年生まれで今年25歳になるDF菊地俊介、DF三竿雄斗、MF菊池大介の3人を副キャプテンに置いた。特に大卒で3年目になる菊地と三竿は、続投を決めたチョウ監督の下でさらに成長したいと熱望し、他のJ1クラブからのオファーを断って残留した経緯もある。その意味では彼らも「需要」と言える。

「副キャプテンに関しては、『自分たちが湘南を引っ張っていく』という強い気持ちの持ち主であり、周囲を喜ばせる『ウィズ・ユー』の精神を彼ら自身で育み、責任感という点にも刺激を与えられる絶好のチャンスだと思って指名しました」

 新体制発表に先駆けて12日に始動した際に、チョウ監督は新たなチームスローガンを選手たちに告げた。造語である『挑越(ちょうえつ)』には、今までの自分たちが築いたハードルを、自分たちの力で越えていくという意思が込められている。

「自分を成長させる『ジャンプ・アップ』の精神と『ウィズ・ユー』の精神。この二つを持ちながらチームが勝っていくことが、選手たちにとってもクラブにとっても同等の価値がある。決して個人主義に走らず、だからといってクラブにも寄りかからず、お互いが重要な立ち位置にいれるようなシーズンを目指していく中で、選手たちとクラブの評価も上がってくる」

 よく使われる『湘南スタイル』には、実は戦術的な定義はない。ファンやサポーターと実際にプレーする選手たちが同じ感覚を共有して、これが湘南のサッカーだと胸を張れる空間を作り出す。崇高な目標を成就させるための手段が、総じて『湘南スタイル』となる。

 表現する方法はシーズンごとの所属選手で若干ながら異なってくる。それでも、前提となる考え方は一貫して変わらない。不退転の決意も『挑越』には込められていると指揮官は前を見据える。

「目の前に大きな高い山があった時に、腰が引けて後ろに下がってサッカーをするのではなく、やはり挑んで越えていきたい。目的地まで脇目も振らず一気に走り抜けたい。自分自身をもう一度見つめ直して原点に返り、こういうこともできたのかと選手たちの良さを再発見できるようなシーズンにしていきたい。既存の選手と新しい選手を融合させて、周囲をびっくりさせられるようなチームにしていきたい。その意味では、今まで以上に新鮮な気持ちで臨める」

 平塚市内で行われている練習は初日から2時間、強度も内容も濃いメニューを消化した。新体制発表後の14日からは、さっそく午前と午後の2部練習が組み入れている。

「湘南が更に上へ行くためには、まだまだチョウ・キジェの力が必要だ」

 一部メディアで指揮官の転身が報じられた昨シーズンの終盤、湘南サポーターが陣取るスタンドにはホーム、アウェーを問わずにこんな横断幕が掲げられていた。ファンやサポーターの願いがかなった今、新生ベルマーレの希望はチョウ監督のブレない存在感と大きな背中に託されている。

文=藤江直人

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