2015.12.09

卓球や少林寺拳法を導入? 鳥栖が招へい目指す「独裁者」マガト氏とは

フェリックス・マガト
鳥栖への監督就任が報じられるマガト氏 [写真]=ullstein bild via Getty Images
ドイツ在住。ライター兼サッカー指導者

「マガトがタイタニック号を救えたかどうかは分からない。でも彼のトレーニングを積んでいれば、無事に生き残れただろうね」

 これはフェリックス・マガト氏の下、1999-00シーズン最終節でウルムとの残留争い直接対決を制し、見事1部残留を果たしたフランクフルトの元ノルウェー代表FWヤン・アーゲ・ヒョルトフト氏が残した言葉である。

 国内でサガン鳥栖の監督就任が決定的と報じられているマガト氏は、日本代表MF長谷部誠やDF内田篤人を指揮していたため、日本では監督としてのイメージが強いが、実は現役時代の成績も非常に輝かしい。

 攻撃的MFとしてプレーしたマガト氏は、ザールブリュッケンでブンデスリーガ2部優勝の原動力となったことにはじまり、その後現役引退までの10年間を過ごしたハンブルガーSVではカップ・ウィナーズカップ(1977年)、ブンデスリーガ(1979年、1982年、1983年)、そしてチャンピオンズカップ(1983年、現UEFAチャンピオンズリーグ)と、国内外で5つのタイトルを獲得。ドイツ代表としても1980年の欧州選手権優勝、1982年および1986年のワールドカップで準優勝を勝ち取っている。

 指導者に転向後も、選手と監督の両方でブンデスリーガ優勝を成し遂げたドイツ史上6番目の人物となり、また2つの異なるクラブで同リーグ優勝を成し遂げた史上7番目の指揮官となった。さらには同国で唯一、2年連続国内2冠を達成するなど、そのキャリアは栄光に彩られている。

 ドイツサッカー界で最も成功を収めた男の1人であることに疑いの余地はないマガト氏であるが、その独特なトレーニング法やアクの強い性格には周囲からの批判も多い。

 敗戦の翌日に“罰走”をさせ、朝・午前・午後の3部練習も当たり前。疲労で立てなくなるまで選手を追い込むことすらあった。「これまでこのクラブにいた監督の中で、ポジティブなことをもたらさなかったのはマガトだけ。彼は罰を科すことしかしなかったから」と話したペルー代表MFジェフェルソン・ファルファンのように、選手から恨まれることも1度や2度ではなかった。

 また、メディシンボールが頻繁に使用されるフィジカル強化にはじまり、卓球、棒高跳び、やり投げ、柔道、少林寺拳法など、他競技の専門家を頻繁に招へい。もちろんサッカー以外のスポーツからヒントを得ることもゼロではないだろうが、マガト氏がたびたび行う風変わりな練習は、ドイツ人からも嘲笑まじりに好奇の目で見られている。

 2014年には初の国外挑戦としてプレミアリーグのフルアムを指揮したが、同クラブにいたのはたった7カ月だった。解任後、「イングランド人は1日に1回しか練習できない。私からすれば冗談でしかない。この半世紀でドイツが成功を収め、イングランドが成功を収めていない理由はこれだ」と声を荒げたが、時に理不尽とさえ感じるマガト氏の練習に選手がついてこないのも無理はない。数々のタイトルを獲得しながらも、2012年以降ドイツ国内で声が掛かっていないのは「一昔前の指導者」、「独裁者」と見られているからだ。

 そんなマガト氏を監督に据えるのは一種の博打のようなもの。ただし、規律と秩序、そして従順さを何よりも重視する彼にとって、日本人のメンタリティは合致する可能性もある。本国からはるか9000キロ離れた極東の地で、「もう“終わった”監督」というイメージを払拭することはできるだろうか。

文=鈴木智貴

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