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広島勝利の方程式「Perfect Change」を可能にした浅野拓磨の圧倒的な「成長欲」

2015.12.07

貴重な同点ゴールを奪った浅野拓磨 [写真]=兼子愼一郎

 ベンチにその男が呼ばれたその時点で、サンフレッチェ広島側のスタンドから「期待感」という名のオーラが見えるようだった。みんな知っているのだ。その男、浅野拓磨に試合の流れを動かす力があることを。交代ボードにエース佐藤寿人の背番号が掲げられることに、もはや違和感はない。下がってきた偉大な先輩ストライカーは「決めてこい!」と、21歳の若者を送り出した。

「入ってきた瞬間に雰囲気が変わった」


 苦しい流れの中で懸命に中盤を支えていた青山敏弘は、若き俊英の投入でスタジアムの空気が変わったことを実感していた。「(浅野には)何かやってくれそうな雰囲気がある」とも言う。それまでガンバ大阪の圧力でビルドアップに苦しんでいた広島は、スピードスターをスペースに走らせるというシンプルな選択肢を得たことで、攻撃の幅を広げてプレスの網から脱していった。戦術的にもハマったこの交代が、首を締め上げられつつあった広島に“息継ぎ」”の機会を与えたことは間違いない。

 相手が疲れてきた時間にスピードで裏を突けて、単騎突破も可能な浅野が入ってくる。今シーズンの広島が確立した勝利の方程式だが、相手チームにとっては分かっていても対処が難しい嫌らしい流れだ。ベテランMFミキッチは、エースから浅野へスイッチする流れを「Perfect Change」という言葉で形容した。

 分かっていても止められない。そういう交代策だ。

 この交代が「Perfect」になるのも、「いつもどおりの交代」(浅野)になったのも、今シーズンを通じて浅野が「今年一番成長した選手」(青山)になったから。森保一監督は「彼はずっとうまくなりたいという向上心の塊のような姿勢でトレーニングをしてきて、今も変わらず取り組んでいる」とその努力を称え、DF塩谷司は「ホントに頼りになる選手になった」と少し感慨深げに語った。

 指揮官と本人がそろって「転機」と認めるのが、明治安田生命J1リーグ・ファーストステージ第6節のFC東京戦。2-1で勝利したこの試合で、浅野はJリーグ初ゴールを記録する。先発した第2節の松本山雅FC戦が象徴的するように、「推進力を与えるスイッチ」(森保監督)としての機能は果たしても、フィニッシャーとしては落第点。そんな評価を断ち切り、今シーズンの“勝利の方程式”を確立するゲームとなった。

 情熱の指揮官は「ゴールによって、彼がやってきたことが彼自身の自信になった」という言葉で、浅野の成長を認め、本人は「あそこでJリーグ初ゴールを決めたことで何かが変わった。落ち着けるようになった」と精神面のブレイクスルーがあったと回想する。我慢強く起用した監督と、それに応えた若きストライカー。そのハーモニーあっての快進撃だった。

 ゴールがヘディングだったというのも、このストライカーの個性を物語る要素かもしれない。171センチという身長を持ち出すまでもなく、浅野にとってヘディングシュートは「不得意」なもの。ただ、「ジャンプ力は、背の高い選手にも負けない自信がある」と語るとおり、資質がないわけではない。クロスからのシュートは広島に入ってからずっと練習してきたもので、背の低さを苦にせず点で合わせるヘディングは、偉大な先輩ストライカーが武器としてきた要素だ。「盗めるものを盗んで、追い抜きたい」と語ってきた佐藤の武器について学んでなかったはずもなく、この「成長力」こそ、浅野が「無限のポテンシャルを持っている」(ミキッチ)と評される最大の理由ではないか。

 次なる舞台は、10日に開幕を迎えるFIFAクラブワールドカップ。U-17以前の年代別代表キャリアを持たない浅野にとって、初めて経験する世界大会だ。「自分が世界でどれだけの選手なのか、世界というのはどういうものなのかを肌で感じたい」と初々しく語った上で、「帰ってきた時に何か一つでも自分の力になっているようにしたい」と、ここでも成長への“欲”を欠かさなかった。

 いよいよ始まる世界舞台でも見られるであろう「Perfect Change」から成り立つ広島勝利の方程式。J1リーグ史上最多勝ち点を得たチームにとっての大いなる挑戦の中で、この男はどう化けていくのか。「とにかく目の前の相手に、まず100パーセントの力でぶつかっていく。その上で、気付いたらバルサが目の前にいるということになったら……」と持ち前の謙虚さとともに紡いだストーリーは、決して夢物語には聞こえない。その先には来年1月のリオデジャネイロ・オリンピックアジア最終予選、そして夏の本大会という、この男の“欲”をさらに刺激する舞台も待っている。ひたすら進化を続ける男自身の「Perfect Change」は、まだまだ始まったばかりだ。

文=川端暁彦

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