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32年越しの“リベンジ” 選手権初優勝に導いた金言の背景

2023.01.10

決勝のピッチ、ベンチから選手を見つめる平GA [写真]=金田慎平

 1991年1月、平清孝「監督」は東海大五(現・東海大福岡)を率い、国立競技場の4強のピッチに初めて立っていた。今から32年前、第69回大会のことである。

「舞い上がっていたね。まだ36歳だったからな。松澤隆司先生の鹿児島実業高校と小嶺忠敏先生の国見高校が同じ4強にいて、肩を並べられたような感覚になってしまっていた」

 32年経って再び「国立4強」へ帰ってきた岡山学芸館高校の平清孝ゼネラルアドバイザー(GA)は笑みを浮かべながら振り返る。「高校生の指導に人生の全部を注ぎ込んできた」という男が最も日本一に迫ったこの大会について、「あのときの選手には申し訳なかった」と振り返る。

 国見に敗れた32年前の4強は、「平監督」としての最高戦績になった。そのときの後悔や反省、「経験を積んだ後ならこういう言葉をかけていたのに」といった思いを活かすときは「思ってもいなかった」という形で巡って来た。

 101回目の選手権、岡山学芸館は周囲の期待を上回る快進撃を見せ、準々決勝では佐野日大高校に4-0と大勝。大きな目標だった8強の壁を越え、「国立4強」に名乗りをあげた。一つの達成感がチームを包んでいたのも当然だろう。

 そして準決勝を前にしたトレーニングを終えたところで、平GAは高原良明監督に「ちょっと話をさせてもらっていいか」と選手たちに切り出した。

「帰れ。これじゃ、試合をする必要もないわ」

 いつも笑顔を絶やさず、「選手たちからは『優しいおじいちゃん』だと思われてます」(高原監督)という存在だった平GAがチーム全体に向かって「初めて怒ったかもしれない」。

「ウォーミングアップからちょっとおかしな雰囲気だった。マスコミの皆さんがたくさんいらっしゃって、初めての経験も多くあった。いつものあの子たちじゃなくなっていた。だらけたところがあって、余計なおしゃべりをしている選手までいる。こんなの初めて観た。このままいったら負けると思った」

 もっぱら褒めるアプローチを続けてきた。一人ひとりの声がけはもちろん、チーム全体に対しても「ここまで『強くなってきてるぞ』『良いチームになったなあ』と言い続けてきた」という平GAにとって、「これは賭けだった」。

「気付いてくれるかどうか。逆に『何で俺らが怒られなきゃなんないの?』みたいになったかもしれなかったので、本当に賭けだった。でも本当に素直な子が揃っていて、ちゃんと耳を傾けてくれた」

決勝戦後、エースの今井を労う平GA [写真]=金田慎平

 あえて厳しい言葉をぶつけられた選手たちからは後日、「あれで引き締まった」といった言葉が聞かれた。予想や期待を上回る快進撃の中で浮ついた雰囲気が出てくるのは高校生ならば無理からぬこと。「そこはね、やっぱり経験です。危ないと思ったので」という平GAの一声が、チームに響いた意味は小さくなかった。

 昨年4月、平監督は定年退職後も東海大福岡の総監督として指導に携わり、45年の情熱を注ぎ込んだ福岡の地を離れることとなった。向かった先は遠く岡山の地である。教え子である高原良明監督は「全国で勝てないチームに足りないものを足してもらいたかった」と恩師を招き、教えを請うた。

 最初に用意された肩書きは「総監督」だったと言うが、平GAは「それは違うだろうと思ったんだ。(高原監督には)『ここはお前が立てた城なんだから、城主はお前でいいんだ』と言ったよ」と固辞し、相談の結果、ゼネラルアドバイザーという耳慣れぬ肩書きに落ち着いた。監督の上に立つ人が来たと思われるのは良くない、あくまで助言する人であるべきだという形にこだわった。

 チームに威厳を示さないといけない監督は、弱みを見せにくい立場でもある。壮絶なプレッシャーを受ける選手権のベンチとなれば、なおさらだ。そこに相談役、それも信頼する恩師が隣にいる安心感はまた格別だったと高原監督は言う。

「隣にいてもらえるだけで何かホッとするところはありました。試合中、戦術とか交代については何もおっしゃらないんです。でも、『この時間帯、ちょっと締めておいたほうがいい』とかパッと言ってきてくださるのもありがたかった」

 元より「監督になってどこへ行っても、『おお、平先生の教え子なのか』と言って良くしていただきました。それは本当にありがたかったんです」と言う高原監督にとって、今回の招へいは恩返しの意味もあった。

 そしてもちろん、「教え子に呼んでもらえたのは嬉しかった」という平GAにとっても福岡を離れて過ごす日々は特別な意味を持つ挑戦であり、そしてこの選手権は「自分の甘い部分が出ちまった」36年前の国立へのリターンマッチでもあった。

 新時代への挑戦を謳われた101回目の全国高校サッカー選手権は、それを象徴するような新鋭校の初優勝という形で幕を閉じたが、その陰には高校サッカーに人生の情熱を注ぎ込んだ一人の指導者の「アドバイス」が隠れていた。

取材・文=川端暁彦

“教え子”とともに優勝の記念撮影 [写真]=金田慎平

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