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サンフレッチェを再建した元社長“こやのん”こと小谷野薫の経営/中編「集客ビジネスの本質をより突き詰めて考える必要性」

2016.08.26

インタビュー=青山知雄
写真=小林浩一

 自身をモチーフにしたゆるキャラ“こやのん”が爆発的な人気を博し、サッカークラブの社長という枠を抜け出し、サッカーファンのみならず、広島市民を中心に多くの人々に愛された人物、サンフレッチェ広島元代表取締役社長・小谷野薫氏。

 クラブがJリーグ初制覇を成し遂げた2012年、本谷祐一前社長がクラブ再建の一手として「経営再建五カ年計画」を打ち出した。そして13年1月、その推進の担い手を託されたのが、12年10月から常務取締役を任されていた小谷野氏だった。13シーズンのリーグ連覇、天皇杯準優勝、翌14シーズンのヤマザキナビスコカップ準優勝、AFCチャンピオンズリーグのクラブ史上初のグループリーグ突破など、クラブの成績に後押しされる形で、当初の5年を待たずに、その計画を前倒しで完遂させた。

 クラブの社会貢献やサッカースタジアム建設推進にも尽力し、15年2月に社長を退任した後、3月には広島市長選挙に立候補した。現在はクラブの母体企業でもあり、クラブを持分法適用会社とする株式会社エディオンの取締役管理本部長として、陰ながらクラブの経営を見守っている。中編ではサンフレッチェで学び得た経験、現場での実体験を踏まえた、サッカー界への提言を送る。Jリーグへの期待感から放たれる小谷野氏の言葉は、すべてのクラブ、そしてリーグ関係者が耳を傾けるべきものに他ならない。

「広島の人々との触れ合いは、私の財産だった」

――サッカークラブの社長を経験して難しかったことは何でしょうか?

小谷野薫 スタジアムを含めた、サンフレッチェの経営のインフラづくりですね。これは2年間でやり残したこともたくさんあります。例えば、ラジオやネットメディアなど何でも良いのですが、クラブで新たな自前のメディアを持ち、コンテンツを発信していくことも個人的には構想していました。これは今、Jリーグでも取り組もうとしていることの一つですよね。それと育成です。トップチームは1試合ごとの勝敗に集中する度合いが大きいですし、現場のスタッフ、選手の気力や技能を出し合うギリギリの戦いですが、一方で育成についてはかなりの程度が体系的にできる余地があると考えます。個人の指導者の力量や感覚に依存しないで、継続的に選手を育て、その知見をクラブ内に蓄積するシステムをどのように作り、いかに“育成のサンフレッチェ”を次の次元に押し上げるかには、非常に興味がありました。アカデミーと一緒に、育成組織の体制づくりを進めていくことは、私が様々な企業を見てきた経験が役立つのではないかなと思っていました。

――本心では、もう少し社長を続けたかったという思いもあるんですね。

小谷野薫 当然それはあります。ただ社長就任の経緯としても、「経営再建五カ年計画」の達成を実現することでしたし、任期もとりあえず3年程度ということで始まったものでした。一方で、再建計画の目処が立ったので、次にクラブと地域との関わりなどをいろいろと考え、当時私の取り得る選択肢のなかで、広島市長選挙に手を挙げたということです。一人のサッカーファンから社長になった身としては、クラブの現場を離れることは非常につらい決断でしたが、今でもサンフレッチェの母体企業のエディオンで経営に就かせてもらっていることは幸運だと思います。

――現在はファンであると同時に、クラブの経営を外部から見る役割でもあります。

小谷野薫 今はエディオンが議決権所有比率46パーセントを所有している持分法適用会社として、クラブの収支を始めとした経営状況を監督することが仕事です。どちらかというと、会社としてお金を掛けてサポートしている以上は結果を出してほしいなと素直に思います(笑)。でも、それと同時に温かく見守っているというところでしょうか。

――では、社長時代に楽しかったことは何でしょうか?

小谷野薫 例えば、アウェイの試合に実行委員として帯同して行った先々で、その街の歴史や人、食べ物に触れられたことは楽しかったですし、それと同じように、ホームタウンの広島の人々とのイベントやコミュニティ活動を含めた触れ合いは、本当に私の財産だったなと感じています。Jリーグに所属するサッカークラブですから、競技の結果を問われるのは当然としても、それ以外の部分も大事にしていかないといけないという強い思いもあります。

――社長を経験したことで、多くのものを得られたのですね。

小谷野薫 そのとおりです。そして今は、いちサッカーファンとして海外サッカーなども気軽に見る時間も増えたのですが、改めてJリーグが世界とつながっていることを感じます。例えばヨーロッパのトレンドは、いろいろなアレンジが加わりながら、世界中に影響を与えていますし、これはサッカーのすごいところですよね。だからこそ逆に、Jリーグが世界とつながっていることを関係者にはもっとアピールしてほしいですね。また、サンフレッチェは西日本では数少ないJ1クラブですし、アジアや世界での存在感を高めて行ってほしいです。現実的にはJ1で中位程度の人件費の規模で、どのように世界と戦っていくのかが難しいところではあるのですが、それは同時にクラブの歴史を開拓していく面白さでもあると思います。それと関連して、私が社長2年目で特に意識していたのは、“身の丈経営プラスアルファ”をどうやって出していくのかということでした。1年目は黒字を目指しながらも、縮小均衡にいかないように意識しました。一方で、小売業やサービス業、娯楽産業などでは、企業は過度に収支にこだわると縮小均衡にはまってしまうんです。会社のブランド価値も毀損してしまいます。私の経験上からも、会社が一度縮小均衡に入ると、その歯車を逆回しに戻すのは本当に大変です。ですから、クラブ経営としては、縮小均衡に向かわず、どのように拡大均衡を目指し続けるかが大切なんです。「お金がないからできない」ではなく、他のやり方を模索したり、費用対効果を考えて、金額的には短期的にはペイできなくても露出拡大が期待できるとか、そういった全体的なクラブの姿をイメージして、ブランドの価値を考えてクラブの施策を打っていました。ただ、クラブのブランド価値という意味では、スポンサーの皆様からクラブのサービスに対して適正な価値をいただく点はかなり意識しましたが。

――やり残されたこともありつつ、それでも非常に充実していたのではないでしょうか?

小谷野薫 辛いこと以上に、楽しかったですね。加入した選手が成長していったり、故障で苦しんでいる選手が回復していく過程を見ることもできました。それに、クラブを離れた選手が移籍先で活躍している姿を追うことも楽しみの一つでしたね。ただ優勝したときもそうですけど、意外と良いことはほんの一瞬にしか感じられないのですが(笑)。

「エディオンの関連会社の一つとして平等に関わっている」

――現在、取締役管理本部長を務めるエディオンではどのようなことをされているのでしょうか?

小谷野薫 昨年秋から管理本部長として主に2つのラインを管理しています。一つはエディオンとしての資金繰りや決算数字を取りまとめ、債権管理や店舗管理をしていくる財務経理のラインと、日常業務全般を取り仕切る総務人事のラインを担当しています。

――サンフレッチェとの関わりはどのようなものですか?

小谷野薫 その仕事の中で、エディオンの持分法適用会社としてサンフレッチェの収支を見ています。ただ、クラブのオーナー兼会長である当社の久保允誉社長がいますし、前社長の私がこうしなさいと出て行ったら現場は絶対に嫌だと思うので、私は直接は話をしません。私はいくつかのグループ会社を見る中で、サンフレッチェの財務数値や経営指標はどうなっているのかなど、エディオンの関連会社の一つとして平等かつ客観的な管理に徹しています。もちろんサンフレッチェのことは、すごく気になりますけどね(笑)。

――そういうわり方は社長を経験したからこそのものですか?

小谷野薫 そのとおりです。私の前に社長を務めた本谷(祐一)さんも退任後は全く口を挟まず、私の意向を尊重してくださいました。だからこそ、本谷さんがやってくれた良いところは継続していこうという意識で経営をしていました。前社長がしゃしゃり出るなんてことがあれば、組織の一体感は生まれないですから。それと平等ということでは、社長時代から特定の選手と話をしないようにしていました。練習を見に行っても、誰か一人の選手と握手をしたら全員としますし、あいさつや声掛けも一様にやります。これは会社間でも同じことだと思います。エディオンでも同じように、経営上の力点の置き方の違いはあっても、グループ会社を等しく尊重することを意識しています。

――サンフレッチェの社長を経験して何か価値観や感覚などに変化はありましたか?

小谷野薫 世間の露出もある程度大きいクラブですから、経営者の決断は、これまで関わってきた会社以上にスタッフや選手も含めて、所属している人たちのキャリアや生活に大きな影響を及ぼします。さらには、私の決断の一つひとつがクラブの歴史を左右するかもしれないというような緊張感は強くなりました。ですからエディオンでも、自分のしていることの一つ一つが、会社やお客様のために本当に良いことなのだろうか、会社のブランド価値を高めるだろうか、会社の歴史においてどういう意味を持つのか、というようなことを常に意識するようになりました。

――他のクラブの社長などからも多くのものを得たのではないでしょうか。

小谷野薫 それはもちろんです。言ってみれば、私は母体企業からクラブへ派遣された社長ですから、母体企業やクラブ会長の久保社長との連係を図りながら経営にあたり、難局に対処することができましたが、クラブ創設時から関わっている創業者のような社長さん達は、私の知らない、とんでもない経験をすごくされていますから、そういった方々から会議の場やお酒の席など様々な場で相当多くのことを学びました。

「リーグや各クラブはお金をどのように使うか考えないといけない」

――地方で切り拓いていくという意味でも、様々な思慮がないと経営できないです。

小谷野薫 そうですね。ただ、J1からJ3まで53クラブもありますから、全国各地で繰り返されてきたトライアル&エラーの積み重ねは、サッカーのみならず日本のスポーツビジネスにとってもかなり価値のあるサンプルです。サンフレッチェも他のクラブからアイデアを拝借したものもありますし、Jリーグとしても社長や実行委員の間でインフォーマルな情報交換を活発にしていくことがこれまで以上に大切なのではないでしょうか。

――では、Jリーグの再生、さらなる拡大を図っていくために、もっと改善していくべき部分はどのようなところにあると感じていますか?

小谷野薫 一つは経営目標の絞り込みですね。クラブの経営として今、一番何をしなければいけないのかを個々のクラブでしっかりとやっていくべきだと思います。加えてJリーグとしては、リーグ全体で共通のホームページフォーマットを作ったり、会計情報システムを始めとするITインフラ提供など、クラブ経営の共通基盤に関しては、もっとリーグ側で整備できるものがあるのではないかと、社長時代は思っていました。今すでに動いているものもあるかと思いますが。

――さて、Jリーグは7月にPerform Groupの新たな動画配信サービス『DAZN(ダ・ゾーン)』と2017年から10年間で合計約2100億円の放映権契約を結びましたが、そうしたお金の使い道も問われるのではないでしょうか。

小谷野薫 もちろん、それによって分配されるお金は、リーグの露出拡大や、ワールドクラスの選手を獲得するために使われることももちろんですが、JクラブのITインフラなどをしっかり整備することも劣らず大切だと思います。それとアカデミーの体系的な強化にできるだけ資金を割けると良いのではないかと思います。

――単純に分配金として渡すだけではなく、ビジョンを持って使わないといけないと。

小谷野薫 各クラブで育成の仕組みを築いていくことに加えて、小学生以下の年代への普及や、そこへのスタッフの雇用なども作っていくことで、選手のセカンドキャリアを生み出すこともできます。私は当初、J3の創設には反対でした。アマチュアとプロの境界線のようなリーグを作ってどうするんだ、と。しかし最終的に賛成に転じた理由はそこにありました。全国各地のJクラブの育成組織がしっかりと築かれて、選手のセカンドキャリアを生み出すことができれば、Jリーガーのステータスも上がり、Jリーグのブランド価値を高めることにもつながりますから。

――他にもクラブやリーグがすべきことはありますか?

小谷野薫 あとはこの先、仮に秋春制にするのであれば、寒冷地域の対策もしなければいけません。競技面だけではなく、寒冷対策の設備投資をリーグが負担する、もしくはクラブが負担したら、その減価償却の部分は、クラブライセンスの黒字・赤字の判定基準のなかで足し戻してあげるなどの救済措置を作るとかですね。ただ今回のPerform Groupとの提携発表に際して、村井満チェアマンが本当にすごみがあると思ったのは、Perform Groupから得る資金を「負債だと思っている」と話したところです。高い緊張感を持ってやられていますよね。今後、コンテンツも自前で作成していかないといけないですから、お金をどのように使っていくのかは世間も注目していますし、その金額に見合うものにしないといけません。そういうことも含めて、本当にJリーグには期待しています。

――その中で特にどのようなことに期待をしていますか?

小谷野薫 Jリーグの価値を上げ、もっと注目してもらえるようになってほしいというところです。例えば、日程面の調整は大変ですが、Jリーグが主催する国際大会などをもっとやっても良いのではないかと思います。今はスケジュールの問題などもあってオールスターもできていませんが、日程なども工夫して、世界の強豪クラブとJリーグのオールスターチームを対戦させるなどの企画があっても良いと思います。あるいはJリーグのタイトル獲得チームで海外遠征をしたりとか。ユースなどアカデミーの海外遠征も良いですね。

――アジア、世界規模でJリーグを広めていくと。

小谷野薫 あとはインターネット配信を強めていくことも必要です。海外では週末の試合を面白おかしくレビューする番組がたくさんあります。それを今の日本の地上波では難しいのであれば、Jリーグがネットメディアを展開したりしても良いですね。例えば各クラブに特化したような番組がもっとたくさんあったりすれば、新規客やクラブに興味を持ってくれた人をつなぎとめ、拡大再生産していく良い方法になるのではないかと思います。個人的には、ある程度の節度があれば、審判の判定問題や選手のゴシップなどを追うような濃いプログラムもありですね(笑)そのあたりは現在、JリーグもPerform Groupと話を進めていると思いますが、新しい情報提供のフォーマットを本気で模索していくべきだと感じています。

前編「経営と強化のバランス、フロントの一体感が大切」
サンフレッチェを再建した元社長“こやのん”こと小谷野薫の経営/後編「世の中のトレンドへ感度の高さが必要不可欠」

株式会社エディオン 常務取締役 管理本部長
(前株式会社サンフレッチェ広島 代表取締役社長)

小谷野 薫(こやの・かおる)
1963年1月27日生まれ、東京都出身。東京大教養学部卒、ニューヨーク大経営大学院修了。野村総合研究所、日興ソロモン・スミス・バーニー証券、クレディ・スイス証券を経て、日本組合アドバイザリー事務所を設立。2010年から株式会社エディオンで顧問を務め、2012年にサンフレッチェ広島へ。取締役、常務取締役を歴任し、2013年1月に代表取締役社長に就任。2015年2月に社長を退任し、同3月に広島市長選に出馬。本年6月からエディオン常務取締役に。サンフレッチェ広島の社長時代は、自身をモチーフにしたゆるキャラ“こやのん”を通じて多くのファンに愛された。
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Jクラブ経営の課題と展望

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