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サンフレッチェを再建した元社長“こやのん”こと小谷野薫の経営/前編「経営と強化のバランス、フロントの一体感が大切」

2016.08.24

インタビュー=青山知雄
写真=小林浩一

 自身をモチーフにしたゆるキャラ“こやのん”が爆発的な人気を博し、サッカークラブの社長という枠を抜け出し、サッカーファンのみならず、広島市民を中心に多くの人々に愛された人物、サンフレッチェ広島元代表取締役社長・小谷野薫氏。

 クラブがJリーグ初制覇を成し遂げた2012年、本谷祐一前社長がクラブ再建の一手として「経営再建五カ年計画」を打ち出した。そして13年1月、その推進の担い手を託されたのが、12年10月から常務取締役を任されていた小谷野氏だった。13シーズンのリーグ連覇、天皇杯準優勝、翌14シーズンのヤマザキナビスコカップ準優勝、AFCチャンピオンズリーグのクラブ史上初のグループリーグ突破など、クラブの成績に後押しされる形で、当初の5年を待たずに、その計画を前倒しで完遂させた。

 クラブの社会貢献やサッカースタジアム建設推進にも尽力し、15年2月に社長を退任した後、3月には広島市長選挙に立候補した。現在はクラブの母体企業でもあり、クラブを持分法適用会社とする株式会社エディオンの管理本部長として、陰ながらクラブの経営を見守っている。フロントと現場のバランスを重視しながら経営を取り仕切り、クラブ再建を推進した小谷野氏は当時、何を考えていたのか。今だからこそ語られる

「経営再建五カ年計画を実行し、経営の安定化を目指した」

――小谷野さんは、2013年1月にサンフレッチェ広島の社長に就任しましたが、改めてその当時のいきさつをお聞かせください。

小谷野薫 話は2012年に始まるのですが、サンフレッチェはJリーグにおけるクラブライセンス制度の導入を見据えて、その年から経営体質の改善を行ってきました。その際、本谷前社長が「経営再建五カ年計画」を打ち出し、クラブの既存株主の99パーセント減資と2億円の第三者割り当て増資を断行しました。その際に私は、クラブの母体企業でメインスポンサーでもあるエディオンに顧問として再建アドバイスをさせていただきました。その縁もあって4月からクラブの社外取締役となり、10月に常務取締役を任せてもらいました。そして本谷前社長が勇退され、13年1月に社長に就任しました。

――その社長時代にはまず、組織をフラットに編成し直し、フレンドリーな環境を作ることでスタッフの自由な発想を生むためのベースを築きました。

小谷野薫 そうしたスタッフの力を解き放つことで、ローカルメディアにおける露出の強化やPR活動によって足を運んでくださったファンの皆さんへのサービスの拡大、シーズンオフにおける企画などを充実させる基盤を作ったつもりです。

――そして経営再建に付随しますが、サッカースタジアム建設の推進や社長自らが“ゆるキャラ”となった“こやのん”グッズなど、様々な施策や企画を手掛けました。改めて今振り返ってみると、当時、まず第一に大切にしていたことは何だったのでしょうか?

小谷野薫 サンフレッチェ広島は前身のマツダ時代からの伝統のあるクラブです。Jリーグ発足以降も様々な経緯がありますが、その歴史を踏まえ、伝統を積み上げることを経営面でも大切にしたいと考えていました。そういう意味では、2015年のJリーグ20周年イベントでは、試合前にサンフレッチェ元GMの今西和男さん(※編集部注:マツダ、Jリーグ発足時に総監督を務め、国内におけるGMの地位を確立させたとも言われる人物)にごあいさついただくなど、クラブが寄って立つところを大事にした経営を意識しました。

――エディオンの顧問としても関わりがあった中で、クラブをどのような方向に導きたいと考えていたのでしょうか?

小谷野薫 まずは経営の安定化を考えていました。2012年に経営体制を再スタートしましたし、私が社長に就いた2013年からは、減増資の前提でもあった「経営再建五カ年計画」をきちんと実行して、2016年までに財務体制を強化していく道筋でした。2012年にチームが優勝して、選手の年俸も上がり始めるところでしたので、チームの強さを削がないように、継続して上位に入れるような体制を模索すると同時に、経営の安定化を第一に据えました。チームが好調だった良い影響もあり、おかげさまで前倒しで計画を達成できました。とは言え、企業の借入金を返済し、純資産の厚みをしっかりと作っていくためにも、経営の収入を賞金などに頼らずに安定的に30億円に近付けていくことが大きなポイントでした。

「フロントの雰囲気が現場に影響を与える」

――一般企業とサッカークラブの経営で異なる点はどういったところでしょうか?

小谷野薫 サッカークラブの場合、特にリーグを降格してしまうと経営的に非常に辛い状況になるため、利益の確保とチームの強化編成のバランスとをいかに取るかという点だと思います。それと、会社の規模に比べて社会的なインパクトが強い組織なので、クラブのスタッフや選手は、世間の方々から憧れられるような存在でなければいけません。また、あまり面白おかしくやりすぎるのは良くないですが、世間への露出も大事にしていくという側面を忘れてはいけません。

――その先陣を切って“こやのん”で露出していきましたね。

小谷野薫 その件はまあ、スタッフの企画に巻き込まれた形ですが(笑)。ただし、クラブの成績に関係なく支援してくれる方やホームタウンの人々の生活の一部になっていくことは大事です。ですから、グッズなどもスタジアムで使うものばかりではなく、日常生活でも気軽に使えるようなものも重視しました。

――そんな中、小谷野さんは以前から「経営と強化の二輪を回すこと」の重要性をお話しされています。

小谷野薫 サンフレッチェの人件費はJ1で上から10位になるかどうかという位置にあります。その意味では、経営規模から考えても、優勝争いもあれば残留争いに巻き込まれてしまうこともあるという、どちらに転ぶか分からない状況にあるクラブという認識が基本にありました。二輪ということでは、チームは世代交替を推し進めながらも、シーズンを通した適正な競争の下で、開幕時のスタメン11人から、毎年2人ないし3人程度が入れ替わるくらいが適切だと思います。これは世界の強豪クラブで毎年上位をキープしているクラブの傾向でもあります。そこでスタメンが毎年大勢変わってしまうと、特にJクラブの経営は効率的に厳しいと思います。結果的にはシーズンで3人くらいのレギュラーが変わるくらいの体制が、世代交替とチームの熟成、上乗せとのバランス上は最も適しているのかなと感じています。

――その際に、社長として心掛けていたことは何でしょうか?

小谷野薫 クラブの将来像をきちんと見据えることです。強化部は、現社長の織田秀和さんの時代も、現部長の足立修さんの時代でも、常に数年後のチーム構想を考えた適正な選手構成を意識していたと思いますが、私はそれがバランスの取れたものかどうかをチェックしていました。私は競技の細かいところは全くの素人ですが、ポジションや年齢の構成など、見るべきポイントはあります。あとは、選手の露出を通して地元での存在価値を高めることも大切にしていました。現場からするとプロモーションやイベントで選手を駆り出すと、練習や準備期間を削ることになってしまうこともあるので、そこをしっかりと確保してもらった上で、いかに選手やスタッフに協力してもらえるか。クラブや選手の露出は究極的には営業でもあり、社会貢献と営業活動をあまり区別しないで考えていた部分はあります。

――クラブとしてのビジョンや現場の立場など、バランスを非常に大切にしながらやっていました。

小谷野薫 競技を経験されていたり、長年クラブに勤務しているスタッフがいますから、私が「こうしたい」という部分と、彼らが気持ち良く仕事ができる部分とを考えないといけません。現状では地方クラブはまだまだスタッフにさほど高い給与を払えるわけではないですから、モチベーションの側面を大切にしていく必要があると思います。実を言うと、社長1年目の2013年は、いかに赤字を出さずにやれるかが最大のミッションだったので、経営はかなり抑制的でした。ただ、スタッフはプロモーションやスポンサー獲得の様々なアイデアを持っていましたので、株主の方にお願いをして減増資を行って多少の余裕ができていたなかで、少しずつ新しいことをやっていこうということでした。それで2年目の2014年は、選手、監督たちの頑張りによってリーグ連覇をしたことで財政的な余裕が生まれ、より自由度を高め、お金を掛けることができました。

――チームの成績とも相まって、少しずつ噛み合っていったんですね。

小谷野薫 そうですね。その意味では、社長就任時に期待をしていたスタッフにとっては、最初は地味なことをしていると思われたかもしれないですが、結局、今までのやり方ではダメだからと抜本的に経営を変えたとしてもクラブとして一丸となれないんじゃないかと考えました。経営と強化のバランスに加え、サッカークラブの経営で大切なもう一つのことは、フロントの一体感です。フロントのまとまっている雰囲気が現場にも影響を与え、現場が結果を出していくことでフロントもまとまるという相乗効果があります。雰囲気は双方に伝染するので、まずはフロントがバラバラにならないことが大きなポイントだと思います。

サンフレッチェを再建した元社長“こやのん”こと小谷野薫の経営/中編「集客ビジネスの本質をより突き詰めて考える必要性」

株式会社エディオン 常務取締役 管理本部長
(前株式会社サンフレッチェ広島 代表取締役社長)

小谷野 薫(こやの・かおる)
1963年1月27日生まれ、東京都出身。東京大教養学部卒、ニューヨーク大経営大学院修了。野村総合研究所、日興ソロモン・スミス・バーニー証券、クレディ・スイス証券を経て、日本組合アドバイザリー事務所を設立。2010年から株式会社エディオンで顧問を務め、2012年にサンフレッチェ広島へ。取締役、常務取締役を歴任し、2013年1月に代表取締役社長に就任。2015年2月に社長を退任し、同3月に広島市長選に出馬。本年6月からエディオン常務取締役に。サンフレッチェ広島の社長時代は、自身をモチーフにしたゆるキャラ“こやのん”を通じて多くのファンに愛された。
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Jクラブ経営の課題と展望

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