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イルファンの甲府加入にみるインドネシアのサッカー事情

2014.01.30

文=大島和人

 インドネシアの国民的スターが、ヴァンフォーレ甲府にやってきた。27日にジャカルタで加入会見を行ったイルファン・バフディム(25才)は、ツイッターのフォロワーがなんと427万人(1/28現在)。一足早くセレッソ大阪入りを決めたW杯得点王ディエゴ・フォルランを上回る数字である。


 甲府のイルファン獲得は“2つの波”に乗ったものと言っていい。一つはJリーグのアジア戦略だ。インドネシアは人口が2億3千万人を超え、2050年には3億人に達する世界4位の大国である。サッカーはというと、FIFAの世界ランクが161位で、決して強国ではない。しかし“サッカー熱”は相当なレベルで、3万4万という観客を集めるクラブもあるというお国柄だ。Jリーグにとって大いに開拓の余地があるマーケットだが、11年に発生した国内のリーグ分裂騒動などの影響もあり、パートナーシップ協定の締結相手にはなっていなかった。しかしイルファンの加入会見に先立つ1月26日、インドネシアスーパーリーグがJリーグにとって6件目のパートナーとして認められている。イルファンは一般外国人枠3名、アジア枠1名と別に設けられた“提携国枠”のプレイヤーとしてピッチに立つことが可能だ。

 甲府にとってもう一つの波は、山梨県がガルーダ・インドネシア航空と進めている提携事業だ。ガルーダ航空は“来日需要拡大”に取り組んでおり、特に力を入れているのが観光である。インドネシア人観光客の好む観光スポットとして、ディズニーランドや京都・奈良の歴史的建造物と共に、富士山がある。世界遺産・富士を目玉としつつ、温泉や新鮮な果物といった山梨の魅力を含めて丸ごと売り込むのが、県とガルーダ航空の狙いだ。そこにサッカー観戦が加われば、また違う価値が生まれるし、滞在時間の増加にもつながる。地域との共存共栄を図るクラブにとって、このプロジェクトへの協力を惜しむ理由はない。

 甲府は昨年10月にアンディク・ベルマンサ選手を練習に招き、獲得に動いた。しかしアンディク側と条件面で折り合わず、彼はマレーシアへの移籍を選択している。その後、12月のJリーグ合同トライアウトに合わせて来日したのが、今回加入するイルファン・バフディム、シャキル・スライマンの2名だった。彼らの来日には県の職員が付き添い、練習のオフにはぶどう狩りや富士山観光なども行われている。本人はもちろん、同行するメディアからの情報発信を通して、インドネシアに“山梨”を印象付ける狙いもあっただろう。極端に言えばイルファンと妻ジェニファーさん(こちらもフォロワーは39万人)の、山梨で生活する様子が発信されるだけでも、県のブランディングになる。15年前にサッカーを見ていたファンなら、イタリア中部のペルージャという街の名を、必ず記憶しているはずだ。サッカーにはそういう二次作用がある。

 ピッチ上の活躍については、未知数な部分が大きい。昨年12月に甲府の練習へ参加したときは、来日直後というコンディションもあり、早い寄せに苦しむ場面が目立った。ただし彼はオランダ人の母を持ち、アヤックスの育成組織やユトレヒトのトップでプレーしていた選手。サッカー的には“オランダ育ち”だから技術的、戦術的なベースは出来ている。アジアでもタイの強豪・チョンブリFCでプレーしたキャリアがある。チョンブリ時代には2部へレンタルされたが「姉妹クラブが降格しそうだった」(イルファン)という中で、助っ人的意味合いがあったという。加えてイルファンは英語が堪能で、コミュニケーション面の壁もそこまで高くない。となれば少なくともJ1でプレーする資格は持った選手と言っていい。ポジション的には[4-4-2]ならサイドハーフ、[3-4-2-1]ならシャドーでプレーすることになるだろう。

イルファンの加入会見後にツイッター上で「#vfk」のタグを検索すると、インドネシア語らしい投稿が大量にされていた。インドネシア国内におけるヴァンフォーレ甲府の認知度は、一気に上がっただろう。とはいえクラブがこれをどうビジネス、強化に結び付けていくかとなると、また少し手間のかかる話になる。特に個人相手のビジネスは著しく困難で、彼のユニフォームを売ろうとしても、インドネシアには日本のような流通、課金の仕組みがない。そもそも1万円以上する正規品より先に、模造品が広まってしまうだろう。

しかしインドネシアのサッカーには可能性がある。一昨年5月の東京国際ユース(U-14)では、ジャカルタ選抜が16チーム中4位という成績を残した。ジャカルタ選抜の監督の話によると、8才以下から1学年刻みのリーグ戦が行われ、将来有望な選手をアーセナルなどに送り込む研修プログラムもあるということだった。『彼らが大人になる頃には、日本や韓国と互角の試合ができるようになる』そう断言していた監督の顔が思い出される。

インドネシアの人口は間もなく日本の倍になる。サッカー熱はおそらく日本以上で、未来を担う人材への投資も進んでいる。そういう“可能性”に目を向けて人の縁を結ぶことは、単なるビジネス的な打算に止まらない、ロマンのある話だ。イルファンのヴァンフォーレ加入から始まる山梨とインドネシアのストーリーを、じっくりと見守りたい。

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