レアルのモウリーニョ監督「メッシの50ゴールは何の役にも立たない」
衝撃の2部降格を味わったビジャレアルの主力に、有力クラブがこぞって熱視線
クロアチアのビリッチ監督、ユーロ終了後からロコモティフ・モスクワを指揮

ジョセフとデイビットとぼくらの劇場
投稿日時:2011年01月11日 21:00
日本のサッカー・ファンの正月の風物詩と言える第89回高校サッカー選手権が滝川第二の優勝で幕を閉じました。イングランドのFAカップに倣って始まった天皇杯が始まる4年前、1917年に第1回大会が始まった同大会は日本で最も歴史のある、そして1993年にJリーグが立ち上がるまではサッカー・ファンの人気を最も博した国内サッカー・イベントです。
Jリーグが始まる前。日本のサッカー少年の夢の舞台は選手権の全国大会であり国立(競技場)でした。その夢に向かってサッカーに打ち込んだ多くの少年にとって、イングランド・フットボールは雑誌や数少ないテレビ番組でのみ接することができるもの。しかし、その起源がイングランドであることは、その指導に教育的側面を持たせた監督やコーチから、「フェアプレー精神」で「(英国)紳士のスポーツ」と向かい合うことを教え込まれた日本のサッカー少年は良く知るところでした。
日本国内が選手権で盛り上がるなか、トッテナム・ホットスパーは世界のフットボールの話題の中心にありました。「デイビット・ベッカムのプレミアリーグ復帰なるか!?」。年末年始はこのニュースで持ち切りでした。
※ベッカム騒動の経緯はスパーズ・ジャパンのサイト(PC版/携帯版)をご参照ください。
このベッカム騒動の発端は、スパーズのハリー・レドナップ監督の実子であり、かつてイングランド代表で共にプレーしたジェイミー・レドナップへのベッカムからのラブコールでした。「なぜスパーズ?」、ベッカムをスターダムに押し上げたマンチェスター・ユナイテッドのファンならずとも沸く疑問です。
今回はその疑問を紐解く、ベッカムと祖父ジョセフ・ウェストの話をご紹介したいと思います。
デイビット・ベッカムの母方の祖父ジョセフ・ウェストは、ノースロンドン在住の熱心なトッテナム・サポーターで、幼き日のデイビットを頻繁にホワイトハート・レーンに連れて行き、愛するスパーズの試合を観戦していました。ジョセフは若くしてフットボールの才能を開かせたデイビットがスパーズのアカデミーに加入することを望んだものの、デイビットの父親の意向でマンチェスター・ユナイテッドに入団。その後のデイビットのキャリアは皆さんがご存知の通りです。
デイビットがユナイテッドと契約したのが1991年。この当時のスパーズのクラブ史を振り返れば、このデイビットの契約のおよそ2ヶ月前にガスコイン、リネカーらを擁してFAカップを獲得し、さらに翌年にプレミアリーグが始まった時にはビッグ5(ユナイテッド、リバプール、スパーズ、アーセナル、エバートン)の一つとして、生まれ変わったリーグの中心的役割を果たすはずでした。しかし、プレミアリーグが始まり10年以上もの間、スパーズがリーグで残した最高の成績は7位。ファンの期待を一心に集めながらも中位を彷徨う辛い年月が続きます。ようやく2005-06シーズンと2006-07シーズンに2シーズン連続で5位になりましたが、その時点ですでに孫のデイビットはチャンピオンズリーグの栄冠を勝ち取り、イングランド代表キャプテンを務め、銀河系軍団レアル・マドリーでプレーするまでに成長を遂げていたのです。
トッテナムにとって辛く長い時期を抜け出し、ようやくヨーロッパ最高の舞台に立つ権利を得た2009-10シーズン。しかし、そのシーズンの半ば、2009年12月にスパーズの偉業達成を見ることなく数ヶ月の過酷な闘病の末にジョセフは息を引き取ってしまったのです。享年83歳でした。
ジョセフが他界したその時、デイビットはワールドカップの組合せ抽選が行われる南アフリカのケープタウンにいました。愛する祖父ジョセフの訃報に、デイビットはFIFA主催の同イベントへの参加をキャンセルしロンドンに向かうのでは、との報道が流れました。しかし、同イベントで2018年のワールドカップ招致活動の大役を担っていたデイビットは、祖父もこの責務を全うすることを望んでいるはず、と悲しい顔を見せることなく気丈にイベントに参席しました。
ケープタウンで祖父の訃報についてコメントを求められたデイビットは、「祖父とはとても親密な関係にありました。私がここにいることを祖父は誇りに感じてくれているはずです。私のフットボール・キャリアをいつも誇らしく感じてくれましたし、どの試合も欠かさず観てくれていました。試合の後は必ず電話をくれたし、練習の後だって、キャリアのなかでどんな時も祖父は声を掛けてくれたんです。もし私が帰国することを選択していたら、絶対に祖父は怒り狂ってたでしょう。イーストエンドの武骨な男でしたからね。葬儀には参加しますよ。でも祖父は、『この招致活動を投げ出すな』と叫んでいるはずです。自分の国への誇りを強く持つ人間でしたし、母国のために戦ってましたからね。そして、祖父がどれほど私のことを誇らしく思ってくれているかを分ってますから。祖父はきっと私がここに残ることを望んでいるでしょう」とコメントしています。
ここまでは、当時、美談として世界に伝えられていましたが、このジョセフの逝去とデイビット及びベッカム家には話しの続きがあったのです。
昨日(1月10日)、イギリスの高級紙が伝えたところによると、ジョセフの愛するクラブ、トッテナム・ホットスパーはジョセフの近しい親族と故人の希望を叶えるため、ホワイトハート・レーンのピッチ上での葬儀を行うことを許可していたようです。通常は認められない例外的な慈悲深きスパーズの対応にジョセフの親族、そしてもちろん南アフリカからロンドンに帰ったデイビットも強い感謝の気持ちを抱いたそうです。そして、安らかな眠りについたジョセフは、棺に入り、その人生を捧げたホワイトハート・レーンのピッチの上に置かれたのです。この葬儀の日のデイビットと言葉を交わしたクラブ関係者は、「スタジアムから子供の頃に祖父と過ごしたたくさんの幸せな思い出が甦るよ。当時も今も、この匂いは変わらないね」とデイビットが口にしたことを明かしています。
デイビットのフットボールの原点である祖父ジョセフとのホワイトハート・レーンでの記憶が、前述のジェイミー・レドナップへのラブコールへと繋がったのではないでしょうか。
さて、今週末はデイビットと馴染みの深いマンチェスター・ユナイテッドをホワイトハート・レーンに迎え撃っての大一番です。このホワイトハート・レーンでのトッテナム・ホットスパー対マンチェスター・ユナイテッドの一戦は、日本のサッカー・ファンのとっても『特別な対戦』であることをご存知でしょうか?
時代は遡り、1968年4月13日。日本のサッカー・ファンには伝説の番組として知られる『三菱ダイヤモンドサッカー』が初回放送を迎えました。その中継カードに選ばれたのは、ホワイトハート・レーンでのスパーズ対ユナイテッド。中継された日から1年半前に行われた試合でしたが、フットボールの母国であるイングランドから当時最も魅力的なスタイルを披露するスパーズと今も変わらぬ人気を誇るユナイテッドの厳選された好カード。試合はジョージ・ベストのアクロバチックなクロスにデニス・ローが合わせてユナイテッドが先制。しかし、スパーズがアラン・ギルジーンのヘディングで同点とすると、イングランド史上最高のストライカーであるジミー・グリーブスが決勝ゴールを叩き込んで逆転勝利。
それまで海外のサッカーを映像で見ることはワールドカップくらいしか不可能だった時代。サッカー・ファンはサッカー雑誌の記事で試合内容を読み、数少ない選手の写真に憧れを抱いていたのです。そんな紙の上でしか観たことがないスター選手を、日本のサッカー・ファンが初めてブラウン管を通じて(しかも映像は「白黒映像」)目の当たりにしたのが、1966年9月10日のホワイトハート・レーンで行われたこの一戦でした。およそ現代人には想像もできないような感動が、当時のサッカー・ファンにはあったことでしょう。
長年シーズンチケット・ホルダーとしてホワイトハート・レーンでスパーズを応援し続けていたジョセフ(当時40歳)も当然足を運び、スパーズの勝利に歓喜していたであろうこの試合は、間違いなく日本のサッカー・ファンにイングランド・フットボールの衝撃を与えた初めての試合だったのです。しかし、そんな伝統の対戦カードですが、スパーズが新スタジアム計画を進めているため、今後、この舞台で両チームの試合が観られるのも数えるほどとなってしまいます。
長年ジョセフが足繁く通い続け、デイビットの心に祖父ジョセフの思い出を刻み、そして日本のサッカー・ファンに衝撃を与えたホワイトハート・レーン。デイビットにとってこのスタジアムは、さながら名画『ニューシネマ・パラダイス』の主人公トトにとっての故郷の小さな劇場のようなもの。フットボール界最高のスーパースターとなった時にはデイビットの思い出の片隅に置かれたかもしれませんが、キャリアの終焉を意識するようになった今になり、自身の原点と亡き祖父ジョセフとの思い出が詰まった掛け替えのないスタジアムとなったホワイトハート・レーン。晩年、チャンピオンズリーグの舞台で戦うスパーズの姿を観ることが叶わなかった祖父ジョセフの思い出の匂いがする古びた劇場で、これからデイビット・ベッカムが亡き祖父に捧げる夢の続きを体現することになるでしょうか。
今も、ローン加入が実現するか否かでLAギャラクシーと交渉を続けているスパーズ。しかし、日曜日のユナイテッド戦を例え客席から観ることになったとしてもデイビットにとって特別な試合になるに違いありません。2人の世代を超えた絆を育むホワイトハート・レーンは、サッカーを愛したあなたのお父さんやお爺さんの世代が初めて観たイングランド・フットボールの劇場。
ぼくら日本のサッカー・ファンにとっても世代を超えた特別な意味を持つ劇場での一戦を、ジョセフとデイビットの絆に思いを馳せながら楽しみましょう。
Jリーグが始まる前。日本のサッカー少年の夢の舞台は選手権の全国大会であり国立(競技場)でした。その夢に向かってサッカーに打ち込んだ多くの少年にとって、イングランド・フットボールは雑誌や数少ないテレビ番組でのみ接することができるもの。しかし、その起源がイングランドであることは、その指導に教育的側面を持たせた監督やコーチから、「フェアプレー精神」で「(英国)紳士のスポーツ」と向かい合うことを教え込まれた日本のサッカー少年は良く知るところでした。
日本国内が選手権で盛り上がるなか、トッテナム・ホットスパーは世界のフットボールの話題の中心にありました。「デイビット・ベッカムのプレミアリーグ復帰なるか!?」。年末年始はこのニュースで持ち切りでした。
※ベッカム騒動の経緯はスパーズ・ジャパンのサイト(PC版/携帯版)をご参照ください。
このベッカム騒動の発端は、スパーズのハリー・レドナップ監督の実子であり、かつてイングランド代表で共にプレーしたジェイミー・レドナップへのベッカムからのラブコールでした。「なぜスパーズ?」、ベッカムをスターダムに押し上げたマンチェスター・ユナイテッドのファンならずとも沸く疑問です。
今回はその疑問を紐解く、ベッカムと祖父ジョセフ・ウェストの話をご紹介したいと思います。
デイビット・ベッカムの母方の祖父ジョセフ・ウェストは、ノースロンドン在住の熱心なトッテナム・サポーターで、幼き日のデイビットを頻繁にホワイトハート・レーンに連れて行き、愛するスパーズの試合を観戦していました。ジョセフは若くしてフットボールの才能を開かせたデイビットがスパーズのアカデミーに加入することを望んだものの、デイビットの父親の意向でマンチェスター・ユナイテッドに入団。その後のデイビットのキャリアは皆さんがご存知の通りです。
デイビットがユナイテッドと契約したのが1991年。この当時のスパーズのクラブ史を振り返れば、このデイビットの契約のおよそ2ヶ月前にガスコイン、リネカーらを擁してFAカップを獲得し、さらに翌年にプレミアリーグが始まった時にはビッグ5(ユナイテッド、リバプール、スパーズ、アーセナル、エバートン)の一つとして、生まれ変わったリーグの中心的役割を果たすはずでした。しかし、プレミアリーグが始まり10年以上もの間、スパーズがリーグで残した最高の成績は7位。ファンの期待を一心に集めながらも中位を彷徨う辛い年月が続きます。ようやく2005-06シーズンと2006-07シーズンに2シーズン連続で5位になりましたが、その時点ですでに孫のデイビットはチャンピオンズリーグの栄冠を勝ち取り、イングランド代表キャプテンを務め、銀河系軍団レアル・マドリーでプレーするまでに成長を遂げていたのです。
トッテナムにとって辛く長い時期を抜け出し、ようやくヨーロッパ最高の舞台に立つ権利を得た2009-10シーズン。しかし、そのシーズンの半ば、2009年12月にスパーズの偉業達成を見ることなく数ヶ月の過酷な闘病の末にジョセフは息を引き取ってしまったのです。享年83歳でした。
ジョセフが他界したその時、デイビットはワールドカップの組合せ抽選が行われる南アフリカのケープタウンにいました。愛する祖父ジョセフの訃報に、デイビットはFIFA主催の同イベントへの参加をキャンセルしロンドンに向かうのでは、との報道が流れました。しかし、同イベントで2018年のワールドカップ招致活動の大役を担っていたデイビットは、祖父もこの責務を全うすることを望んでいるはず、と悲しい顔を見せることなく気丈にイベントに参席しました。
ケープタウンで祖父の訃報についてコメントを求められたデイビットは、「祖父とはとても親密な関係にありました。私がここにいることを祖父は誇りに感じてくれているはずです。私のフットボール・キャリアをいつも誇らしく感じてくれましたし、どの試合も欠かさず観てくれていました。試合の後は必ず電話をくれたし、練習の後だって、キャリアのなかでどんな時も祖父は声を掛けてくれたんです。もし私が帰国することを選択していたら、絶対に祖父は怒り狂ってたでしょう。イーストエンドの武骨な男でしたからね。葬儀には参加しますよ。でも祖父は、『この招致活動を投げ出すな』と叫んでいるはずです。自分の国への誇りを強く持つ人間でしたし、母国のために戦ってましたからね。そして、祖父がどれほど私のことを誇らしく思ってくれているかを分ってますから。祖父はきっと私がここに残ることを望んでいるでしょう」とコメントしています。
ここまでは、当時、美談として世界に伝えられていましたが、このジョセフの逝去とデイビット及びベッカム家には話しの続きがあったのです。
昨日(1月10日)、イギリスの高級紙が伝えたところによると、ジョセフの愛するクラブ、トッテナム・ホットスパーはジョセフの近しい親族と故人の希望を叶えるため、ホワイトハート・レーンのピッチ上での葬儀を行うことを許可していたようです。通常は認められない例外的な慈悲深きスパーズの対応にジョセフの親族、そしてもちろん南アフリカからロンドンに帰ったデイビットも強い感謝の気持ちを抱いたそうです。そして、安らかな眠りについたジョセフは、棺に入り、その人生を捧げたホワイトハート・レーンのピッチの上に置かれたのです。この葬儀の日のデイビットと言葉を交わしたクラブ関係者は、「スタジアムから子供の頃に祖父と過ごしたたくさんの幸せな思い出が甦るよ。当時も今も、この匂いは変わらないね」とデイビットが口にしたことを明かしています。
デイビットのフットボールの原点である祖父ジョセフとのホワイトハート・レーンでの記憶が、前述のジェイミー・レドナップへのラブコールへと繋がったのではないでしょうか。
さて、今週末はデイビットと馴染みの深いマンチェスター・ユナイテッドをホワイトハート・レーンに迎え撃っての大一番です。このホワイトハート・レーンでのトッテナム・ホットスパー対マンチェスター・ユナイテッドの一戦は、日本のサッカー・ファンのとっても『特別な対戦』であることをご存知でしょうか?
時代は遡り、1968年4月13日。日本のサッカー・ファンには伝説の番組として知られる『三菱ダイヤモンドサッカー』が初回放送を迎えました。その中継カードに選ばれたのは、ホワイトハート・レーンでのスパーズ対ユナイテッド。中継された日から1年半前に行われた試合でしたが、フットボールの母国であるイングランドから当時最も魅力的なスタイルを披露するスパーズと今も変わらぬ人気を誇るユナイテッドの厳選された好カード。試合はジョージ・ベストのアクロバチックなクロスにデニス・ローが合わせてユナイテッドが先制。しかし、スパーズがアラン・ギルジーンのヘディングで同点とすると、イングランド史上最高のストライカーであるジミー・グリーブスが決勝ゴールを叩き込んで逆転勝利。
それまで海外のサッカーを映像で見ることはワールドカップくらいしか不可能だった時代。サッカー・ファンはサッカー雑誌の記事で試合内容を読み、数少ない選手の写真に憧れを抱いていたのです。そんな紙の上でしか観たことがないスター選手を、日本のサッカー・ファンが初めてブラウン管を通じて(しかも映像は「白黒映像」)目の当たりにしたのが、1966年9月10日のホワイトハート・レーンで行われたこの一戦でした。およそ現代人には想像もできないような感動が、当時のサッカー・ファンにはあったことでしょう。
長年シーズンチケット・ホルダーとしてホワイトハート・レーンでスパーズを応援し続けていたジョセフ(当時40歳)も当然足を運び、スパーズの勝利に歓喜していたであろうこの試合は、間違いなく日本のサッカー・ファンにイングランド・フットボールの衝撃を与えた初めての試合だったのです。しかし、そんな伝統の対戦カードですが、スパーズが新スタジアム計画を進めているため、今後、この舞台で両チームの試合が観られるのも数えるほどとなってしまいます。
長年ジョセフが足繁く通い続け、デイビットの心に祖父ジョセフの思い出を刻み、そして日本のサッカー・ファンに衝撃を与えたホワイトハート・レーン。デイビットにとってこのスタジアムは、さながら名画『ニューシネマ・パラダイス』の主人公トトにとっての故郷の小さな劇場のようなもの。フットボール界最高のスーパースターとなった時にはデイビットの思い出の片隅に置かれたかもしれませんが、キャリアの終焉を意識するようになった今になり、自身の原点と亡き祖父ジョセフとの思い出が詰まった掛け替えのないスタジアムとなったホワイトハート・レーン。晩年、チャンピオンズリーグの舞台で戦うスパーズの姿を観ることが叶わなかった祖父ジョセフの思い出の匂いがする古びた劇場で、これからデイビット・ベッカムが亡き祖父に捧げる夢の続きを体現することになるでしょうか。
今も、ローン加入が実現するか否かでLAギャラクシーと交渉を続けているスパーズ。しかし、日曜日のユナイテッド戦を例え客席から観ることになったとしてもデイビットにとって特別な試合になるに違いありません。2人の世代を超えた絆を育むホワイトハート・レーンは、サッカーを愛したあなたのお父さんやお爺さんの世代が初めて観たイングランド・フットボールの劇場。
ぼくら日本のサッカー・ファンにとっても世代を超えた特別な意味を持つ劇場での一戦を、ジョセフとデイビットの絆に思いを馳せながら楽しみましょう。
【スパーズジャパン】
イングランドのフットボールクラブ、トッテナム・ホットスパーFCのオフィシャル・サポーターズクラブです。
このブログでは、スパーズ(トッテナム ホットスパー)が主戦場とするイングランド国内リーグ、カップ、そしてチャンピオンズリーグに関する話題をお届けします。
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