レアルのモウリーニョ監督「メッシの50ゴールは何の役にも立たない」
衝撃の2部降格を味わったビジャレアルの主力に、有力クラブがこぞって熱視線
クロアチアのビリッチ監督、ユーロ終了後からロコモティフ・モスクワを指揮

投稿日時:2012年05月10日 17:08
「最初はクライフでした。もう僕のアイドルですよね。小学校4年の時に初めて見て。クライフのようになりたいという夢を与えてもらった人ですから」
オランダの英雄について語る彼の眼はサッカー少年のそれだった。
羽中田昌(はちゅうだ まさし)。47歳になる今なお無邪気にサッカーを愛する彼が少しだけ周りと違うのは、車椅子に乗っているという点だ。「車椅子のS級監督」は2012年2月、関西サッカーリーグ1部、奈良クラブの監督に就任した。

羽中田監督が就任して、奈良クラブのサッカーは大きく変わった。バルセロナを彷彿とさせる4-3-3システムと、ポゼッションを重視するパスサッカーに取り組んでいる。指揮官がイメージするのはやはり世界最強と称されるクラブだ。
「やっぱりバルセロナが手本ですね。だからと言って『バルセロナのようなチームになる』とかじゃなくて、世界最強のチームを目指していく中で奈良クラブらしさを出しながら、奈良クラブというチームを作っていけたら。どんなチームになっていくのか愉しみですね」
バルサを目指しながら、奈良クラブの独自性を模索する。ベースをポゼッション、パスサッカーに置くのには理由がある。「そのほうが見る人間はもちろん、やっていても愉しいと思う。サッカーの愉しさを追求したらバルセロナのサッカーに行き着くんじゃないかなと思うんですね」
彼の価値観は独特だ。「どうしようかなと思った時に、どれが一番愉しめるかということを考えます」と語る一方でこう付け加える。
「ただ、厳しいですよね。愉しさを追求するのは逆にね。難しいですし、大変なことですよね。『苦しい時に愉しめって、何この人言ってんだ』って。でも愉しんでやっていかないと。持続可能性というのかな、やっぱり『頑張る』は限界があるんですよ。何しろ続けていかなければというのがあるんで、そのためにはやっぱり愉しむということが必要だと思うんですよね」
愉しむことは厳しい。この価値観を生んだのはやはり交通事故、そして車椅子での生活だろう。バイク事故の後は山梨県庁に9年間勤務した。その間は、彼のすべてがサッカーを拒絶していたそうだ。「あえて見ないようにしていた、避けてた部分もあります」と、ぼんやり遠くを眺めた。
韮崎高校時代、全国の舞台で注目を集めたサッカー選手が武器を失った絶望は想像を絶する。ただ、彼の中でサッカーの火は消えてはいなかった。きっかけは1993年、Jリーグの開幕。「Jリーグ見て刺激されて。体の奥底でくすぶっていたものが燃え上がった。サッカーやりたいなぁって。でもプレーはできないから。じゃあコーチになろうと」

安定した生活を捨て、スペインに5年間のコーチ修行に出た。無謀とも言えるこの挑戦が成功したのは、周囲の協力があったからだとしみじみと語る。「いろんな人の協力がありました。家族も。向こうで仕事をしなきゃいけないですから。セルジオ越後さんにもお世話になりました」。車椅子の青年監督には、周囲の協力を自らの原動力とするために心がけていることがあるという。「夢とか目標とかは周りの人たちにどんどん言うほうです。自分一人じゃできないから、言って協力してもらわないと。どんどん言って協力してもらうんです。自分のできることが誰かの力になるのなら協力する。そうやって物事は広がっていくし、目標を達成していくのかなって」
「愉しむこと」と「協力」。会話の中で浮かび上がった2つのキーワードが、彼が目指す方向と重なった。就任会見で奈良クラブらしさについて語った中には、「個の力でなくチームで戦えること」という言葉があった。ピッチに立つ選手たちが協力し、愉しむことで11人以上の力が生まれる。それが奈良クラブの目標とする色であり、強さなのだろう。
奈良クラブの監督就任が発表された時、彼が残した言葉がある。
「てふてふひらひら甍(いらか)をこえた」
種田山頭火の句である。甍とは屋根瓦のこと。つまり、越えなければいけない壁である。事故による車椅子の生活、スペインでのサッカー修行、S級ライセンス取得。羽中田昌は愉しむことと周囲の協力によって、障害を1つずつ越えてきた。次のハードルは、JFL昇格である。愉しむこと、そして皆が協力すること。彼は、そうすればこの壁を必ず越えられると信じている。
インタビュー中、引力のようなものを感じた。羽中田昌はやはり人を引き付ける力を持っている。その魅力はサッカーに対する強い思いから来るものだろう。クライフの話になった時の目の輝きよう。「自分で試行錯誤して練習組み立てるのが好きだから、やりすぎちゃう。だからいま我慢してるんです」と子どものように語る姿。言葉のすべてがサッカーへの愛に溢れていた。
もちろん、単なる「愛」だけではない。サッカーで戦うための「厳しさ」も垣間見えた。この2つの顔が、周囲を巻き込む力の源なのだ。今、車椅子のS級監督がひらひらと、蝶のように羽ばたこうとしている。チームもサポーターも、奈良県をも巻き込んで。
インタビュー・文=一色 高(サッカージャーナリスト養成講座)
奈良クラブホームページはこちら

オランダの英雄について語る彼の眼はサッカー少年のそれだった。
羽中田昌(はちゅうだ まさし)。47歳になる今なお無邪気にサッカーを愛する彼が少しだけ周りと違うのは、車椅子に乗っているという点だ。「車椅子のS級監督」は2012年2月、関西サッカーリーグ1部、奈良クラブの監督に就任した。

羽中田監督が就任して、奈良クラブのサッカーは大きく変わった。バルセロナを彷彿とさせる4-3-3システムと、ポゼッションを重視するパスサッカーに取り組んでいる。指揮官がイメージするのはやはり世界最強と称されるクラブだ。
「やっぱりバルセロナが手本ですね。だからと言って『バルセロナのようなチームになる』とかじゃなくて、世界最強のチームを目指していく中で奈良クラブらしさを出しながら、奈良クラブというチームを作っていけたら。どんなチームになっていくのか愉しみですね」
バルサを目指しながら、奈良クラブの独自性を模索する。ベースをポゼッション、パスサッカーに置くのには理由がある。「そのほうが見る人間はもちろん、やっていても愉しいと思う。サッカーの愉しさを追求したらバルセロナのサッカーに行き着くんじゃないかなと思うんですね」
彼の価値観は独特だ。「どうしようかなと思った時に、どれが一番愉しめるかということを考えます」と語る一方でこう付け加える。
「ただ、厳しいですよね。愉しさを追求するのは逆にね。難しいですし、大変なことですよね。『苦しい時に愉しめって、何この人言ってんだ』って。でも愉しんでやっていかないと。持続可能性というのかな、やっぱり『頑張る』は限界があるんですよ。何しろ続けていかなければというのがあるんで、そのためにはやっぱり愉しむということが必要だと思うんですよね」
愉しむことは厳しい。この価値観を生んだのはやはり交通事故、そして車椅子での生活だろう。バイク事故の後は山梨県庁に9年間勤務した。その間は、彼のすべてがサッカーを拒絶していたそうだ。「あえて見ないようにしていた、避けてた部分もあります」と、ぼんやり遠くを眺めた。
韮崎高校時代、全国の舞台で注目を集めたサッカー選手が武器を失った絶望は想像を絶する。ただ、彼の中でサッカーの火は消えてはいなかった。きっかけは1993年、Jリーグの開幕。「Jリーグ見て刺激されて。体の奥底でくすぶっていたものが燃え上がった。サッカーやりたいなぁって。でもプレーはできないから。じゃあコーチになろうと」

安定した生活を捨て、スペインに5年間のコーチ修行に出た。無謀とも言えるこの挑戦が成功したのは、周囲の協力があったからだとしみじみと語る。「いろんな人の協力がありました。家族も。向こうで仕事をしなきゃいけないですから。セルジオ越後さんにもお世話になりました」。車椅子の青年監督には、周囲の協力を自らの原動力とするために心がけていることがあるという。「夢とか目標とかは周りの人たちにどんどん言うほうです。自分一人じゃできないから、言って協力してもらわないと。どんどん言って協力してもらうんです。自分のできることが誰かの力になるのなら協力する。そうやって物事は広がっていくし、目標を達成していくのかなって」
「愉しむこと」と「協力」。会話の中で浮かび上がった2つのキーワードが、彼が目指す方向と重なった。就任会見で奈良クラブらしさについて語った中には、「個の力でなくチームで戦えること」という言葉があった。ピッチに立つ選手たちが協力し、愉しむことで11人以上の力が生まれる。それが奈良クラブの目標とする色であり、強さなのだろう。
奈良クラブの監督就任が発表された時、彼が残した言葉がある。
「てふてふひらひら甍(いらか)をこえた」
種田山頭火の句である。甍とは屋根瓦のこと。つまり、越えなければいけない壁である。事故による車椅子の生活、スペインでのサッカー修行、S級ライセンス取得。羽中田昌は愉しむことと周囲の協力によって、障害を1つずつ越えてきた。次のハードルは、JFL昇格である。愉しむこと、そして皆が協力すること。彼は、そうすればこの壁を必ず越えられると信じている。
インタビュー中、引力のようなものを感じた。羽中田昌はやはり人を引き付ける力を持っている。その魅力はサッカーに対する強い思いから来るものだろう。クライフの話になった時の目の輝きよう。「自分で試行錯誤して練習組み立てるのが好きだから、やりすぎちゃう。だからいま我慢してるんです」と子どものように語る姿。言葉のすべてがサッカーへの愛に溢れていた。
もちろん、単なる「愛」だけではない。サッカーで戦うための「厳しさ」も垣間見えた。この2つの顔が、周囲を巻き込む力の源なのだ。今、車椅子のS級監督がひらひらと、蝶のように羽ばたこうとしている。チームもサポーターも、奈良県をも巻き込んで。
インタビュー・文=一色 高(サッカージャーナリスト養成講座)
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